そのに-10


「もういやだああ!!僕は普通に美味しいもの食べて、好きなものに囲まれてたらそれでいいんだよお!」
 悲鳴に近い声を上げて、山浦はがっくりと膝を付いた。
「ふざけんな白豚!仮にも春樹と付き合おうなんて、身の程知らずなことを考えるぐらいなら、それに見合うだけの容姿を持て!痩せた豚になれ!昼休みに菓子を食うなボケ!」
「だからどこで見てんだよ!むらやんのばか!」
 飛び交う言葉の応酬。視線を右から左へ。左から右へ。
 交互に見ていた春樹は、恐る恐る手を上げる。
「............す、すまないが、その、俺にも判るように説明してくれないか......?」
 まったくわからない。と眉根を下げて訴えると、博也がふんと鼻を鳴らした。
「春樹は、もっと俺の努力に感謝しろよ。そして敬え。ひれ伏せ!」
「あーもー......ホント関わらなきゃ良かった......」
 瞳にうっすらと涙を貯めた山浦は、ぽつりぽつりと話し始めた。

 付き合い始めてから、よく博也に絡まれるようになったこと。
 単に絡んでくるのではなく、痩せろダイエットしろと強制して来たこと。
 朝は無理やり呼び出されてジョギング。週の後半から昼ごはんも奪われて、小さなおにぎりしか与えられなかったこと。
 もし間食をすれば、放課後の帰り道、春樹と別れた後に呼び出されてまたジョギング。

「暴言はいいよ。慣れてるから。でも僕さあ、体力ないんだよ?もう全身の筋肉痛が苦痛で苦痛で......」
「だーかーら豚なんだよ」
「村瀬」
 頭痛を感じながら、春樹は博也を呼んだ。
「なんだよ。俺あやまんねえぞ。お前につり合うように、この豚を改良してやってんじゃねえか」
 悪戯を見咎められたような、不貞腐れた表情をする博也。
 自分のためと言われても、春樹は戸惑うばかりだ。
「でも、いいのか。山浦が痩せて、俺とつり合うようになっても」
 「そんなこと言わないで」と、さあっと青ざめた山浦とは対照的に、博也は余裕の表情を浮かべている。
「はん。いくら豚が痩せても所詮、豚は豚。俺に敵うわけないだろうが」
「?」
 ちょっと待て。意味がわからない。
 ピンときていない春樹は、やはり無表情のまま博也を見返す。
「豚が痩せても、俺の方がいいに決まってるだろうけどな。まあ、そんなわけで口出しすんなよ春樹。これは俺と豚との問題だからな!」
 見た目だけでもつり合うようになったところで、圧倒的な差を見せ付けてやると息巻く博也。
 山浦は憔悴しきってぐったりしていた。
「......」
 少し考えた後に、春樹は博也の思考を理解することを放棄した。
 考えるだけ無駄だという結論にしか達しない。
 だが、これ以上山浦に迷惑を掛けることのない解決方法を、春樹は見つけることができた。
「さあ帰りもジョギングすんぞ豚!俺はチャリだけどな」
「もうやだ!歩きたい!バス乗りたい!」
「村瀬」
 意気揚々と山浦の腕を掴んで引きずろうとする博也を、春樹が呼び止めた。
「なんだよ。俺は豚の調教でいそがし」
「付き合おう」
「は?」
「俺と付き合おう村瀬。それなら、山浦はもう関係ないだろう」
 春樹が導き出した結論。
 この場を収めるにはこれしかない。
「なん」
「山浦を俺につり合うようにしなくていい。俺はお前がいれば、それでいい」
 じっと見つめてそう訴える。
 すると、みるみるうちに博也の顔が赤くなっていく。
「うわーうわー」
 こそこそと離れた山浦が、口元を押さえて小さく騒いでいた。
「いいだろう?村瀬」
 赤くなり、視線の定まらなくなった博也にそう畳み掛ける。
 動揺している。これで言質さえ取れてしまえば、きっと山浦には構わなくなるだろう。
 そう思いながら春樹は博也に手を伸ばした。
「むら」
「ふ、ふざけんなホモ!この俺と付き合うなんて、付き合うなんて......!100万年はええよばあああああか!」
「ッ」
 油断していた。
 叫んだ瞬間に博也から繰り出された拳が、しっかりとみぞおちに入る。
 痛みに呼吸ができなくなった春樹は、がくりと膝をついた。
「は、春樹の癖に!偉そうなんだよ!!」
 そう捨て台詞を残すと、博也はその場を走って立ち去る。
「......むらやん、ツンデレにも程がある」
 一部始終を見守った山浦はぽかんと呟いた。
「つん、でれ?」
 春樹は腹を押さえたまま、顔をしかめて山浦を見やる。
「諸説あるけど、つんけんしつつも、たまに可愛くなる子をツンデレって言うんだけど」
「今の、どこに、デレがある......んだ」
 ぜいぜいと荒い息の合間に問いかけた。
「顔真っ赤だったよ。つっじーにベタ惚れじゃんかむらやん」
 嬉しくない。まったくもって嬉しくない。
 あいつに振り回されるのはもう嫌だ。
 心底そう思いながら薄れいく意識を、春樹は必死で押し留めていた。


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