そのに-4


 けれど、それを言ったところで博也は意に介さないだろう。
 どうしたものかと春樹は掴まれた手に視線を落とす。
「とりあえず、食えよ」
 座れと強引に進められ、ベンチに腰を下ろす。
 カツサンドのラッピングは博也に剥かれて、手渡された。
 これでは突き返すことも出来ない。
 しぶしぶ口に運び出した春樹に、博也は満面の笑みを浮かべた。
「そうそう。お前は俺に与えられたもん食ってりゃいいの」
「......」
 いつもの事ながら、博也の口調にカチンとくる。
 だが、余計な指摘をするとまた煩くなるのが目に見えているので、春樹は押し黙って黙々と食事を取った。
 カツサンドは口の中の水分が取られて食べにくい。
「あ」
 無言で食べていると、博也が名案を閃いたというように手を叩いた。
「5組の澤田はどうだ」
「え」
 急に出た他クラスの男子の名前に、春樹は意味がわからずに博也の横顔を見つめる。
 博也はにっと口角を上げて微笑むと、指折り数えながら澤田のお勧めポイントを上げ始めた
「お前の相手。あいつ、野球部だけど結構爽やか系だし、性格もまあまあ良いし。なんなら俺セッティングするぜ」
 博也はいい考えだとばかりに熱弁を振るう。
 春樹は博也を見つめたまま、ぽかんと口を開けてしまった。
 どうして自分の相手を博也に決められなければいけない。
「そうだよ、山浦なんかより全然いいって。な、そうしろよ!つーか、決まりな!山浦には諦めろって言っとくから!」
 どうしてそう決め付ける。
 何度も感じてきた頭痛を改めて感じて、俯き深く息を吐く。
 もう無理だ。
 春樹は視線を上げて、博也を睨んだ。
「俺の気持ちをお前が勝手に決めるな」
「でも、絶対春樹にあんなデブはあわな」
「村瀬が、山浦のことをどれだけ知ってるんだ」
 きっぱり言い切ると、春樹は立ち上がった。
 食べかけのカツサンドはどうしようか悩みつつも、ここで黙ってしまっては負ける。
「外見だけで決め付けるな。見損なった。......俺が誰を好きだろうと、お前に指図される謂れはない」
 驚いた表情をした博也に強く言い切って、春樹はその場を後にする。
 博也は着いてくる気配はなかった。
 視界に入らないところまで歩いてきた春樹は、緊張で強張っていた身体から力を抜く。

 山浦は関係ないと、言えなかった。
 それどころか、本当に好きになっているような風に伝えてしまった。
 あれでは、博也の斜め上の勘違いが更に上に行く。

 どっと疲れが押し寄せて、春樹はその場にしゃがみ込んだ。
 すると視界に入る、手にしたままのカツサンド。
 捨てるのももったいなくて、そのまま口の中に放り込む。
 濃い味の、ぱさつくサンドイッチをどうにか噛み砕いて飲み込んで、しばらくしてから教室に向かった。
「山浦に、説明しないとな......」
 春樹は憂鬱だった。


 午後の授業も終わり、放課後。
「山浦」
「なに?俺早く帰りたいんだけど」
 さっさと帰る準備をしていたクラスメイトを呼び止めると、山浦はじっと春樹を見上げてくる。
 迷惑そうな顔ではないが、自分がこれから言わなければいけないことを考えると、春樹は胃が痛むのを抑えられなかった。
「すぐ終わるから、付き合ってくれ」
「うん」
 春樹が誘うと、山浦はこっくりと頷き詳細を聞かずに付いてくる。
 人気の少ない図書室にたどり着き、更に周囲に声が聞こえないような隅に向かうと、春樹は山浦に向き直った。
 素直についてきた山浦は、春樹の言葉を待っている。
 ぎゅっと手で拳を作り、春樹は山浦を見下ろした。
「村瀬の説得」
「うん」
「失敗した」
「え~?」
 嫌そうに眉根を寄せる山浦。
「すまん」
 自分が悪いと思ったから、春樹は深く頭を下げた。
「......しょうがないよ、うん。村瀬だもん」
 同情したようにぽんと肩を叩かれる。
 思ったよりも柔軟な答えに、春樹はほっと視線を上げた。
 見つめた山浦は何だか少しそわそわしている。
 もしかしたらこれから用事があるのかもしれない。
 だが今日中に伝えておかなければ、自分のいないところで博也が山浦にちょっかいをかけるに違いない。
 確信に近い思いが、春樹にはあった。
「じゃ、僕はこれで帰るね」
「山浦すまないが、まだあるんだ」
 踵を返しかけた山浦を呼び止める。
 すると、山浦は残念そうに唇を尖らせた。
「ええ~?長い?」
「長くはない。けど、......ごめんな、山浦」
 これから告げることを申し訳なく思う春樹は、重ねて謝った。
 そわそわしていた山浦は動きを止めると、軽く息を吐く。
「つっじーに謝られるのって、なんか不思議だ。......いいよ何」
「実は......」
 小さな奥二重を見つめながら、春樹は告げた。

 博也に同性愛者だと勘違いをされたこと。
 その相手を山浦だと思われたこと。
 まったく関係のない相手を勧められ、頭に来たせいで山浦が相手だと言うことを、否定しきれなかったこと。

 さすがに同性愛者だと勘違いをするに至った、キスの件だけは伏せたがそれ以外は全てを山浦に告げた。
 全てを聞いた山浦は、無表情のままに口を開く。
「それって......僕、本当にいい迷惑だよね」
「すまない。何度謝っても謝りきれない。博也には俺が告白して振られたと言うから、またちょっかいをかけられたら俺に教えてくれ。あいつには言い聞かせるから」
 こんなことをクラスメイトにお願いするのは気が引けるが、これも自分が蒔いた種だと、春樹は切々と訴えた。
「うーん......」
 話を聞いた山浦は、腕を組んで考える素振りを見せる。
「巻き込んで申し訳ない。面倒だと思うけど、あんまり大事にはしたくないんだ。俺が出来ることならなんでもするから」
 山浦の仕草に、頼みごとが否定されたと焦った春樹は、そう言葉を重ねた。
「ああ違うよ。別にそれはいいんだけどさ、つっじー」
「なんだ」
 ほのぼのとした緊張感のない声に呼ばれ、春樹は強張った声で返す。

「それ、つっじーが僕に振られるより、付き合ってることにした方が、僕に被害は少なくならないかなあ」

「え?......すまない、もう一度言ってくれないか」
 山浦の提案に、春樹は呆けたまま聞き返した。


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