そのに-5


「だから、付き合うんだよ。つっじーと、僕」
 二度目を言われても、春樹はぴんと来なかった。
 瞬きもせずに立ち尽くす春樹に、山浦はため息を1つ。
「じゃ、そういうことで」
 話しても駄目だと思ったのか、山浦は改めて持っていたショルダーバッグを肩に背負い直して春樹に背を向けた。
 歩き出す山浦にはっとした春樹は手を伸ばして山浦の方を掴んだ。
「......っま、待て。山浦は、いいヤツだと思うが付き合うなんてことは......」
 わからないうちに話が進んでいることに動揺している春樹は、慌てて言い募る。
 あれ?俺、どうして山浦と付き合うなんて話になったんだ?
 クエッチョンマークが脳裏を飛び交う。
「いっ......」
 強く春樹に掴まれた山浦は顔をしかめて、それから少し笑った。
「動揺してる?つっじー、あんま顔に出ないね」
「いや、それはいいから、その......」
 なんと言っていいかわからない。春樹は動揺したまま声なく口を動かした。
「えっとね。付き合って、それでつっじーが僕のこと振って」
「え?」
 山浦の言葉に、また混乱してしまう。

 付き合って振るんなら、振ってもらっても構わないんじゃないのか?

 同じことだろうと困惑した表情になった春樹に、山浦が理由を口にする。
「つっじー。もし僕なんかが君を振ったことを知ったら、君を大好きな村瀬はどう思うと思う?」
「......」
 そこまで尋ねられても、やっぱりぴんと来ない春樹。
 そんな春樹の表情を見た山浦はもう一度ため息を付いた。
 完全に呆れられている気配を感じて、春樹は居た堪れない気持ちになる。
 そんな春樹に構わずに、山浦は淡々と続けた。
「僕が思うにね、『振るなんて白豚の癖に生意気だ!』とか言われそうな気がするんだ」
「さすがにいくら村瀬でも、そんな斜め上な文句をつけたりは......」
 言いかけて、春樹は止まった。
 ない。とは言い切れない。
 天気が悪いだけで、自分に八つ当たりしてくる男だ。
 自分が山浦を好きだと勘違いをした時に、勝手に付き合うなと文句を言ってきたことも手伝って、山浦の言うことも信憑性が出てきてしまう。
 ようやく納得した表情になった春樹を見て、山浦も顔を綻ばせた。
「付き合ってみて......まあ何もないけど、とりあえず付き合った振りをして、僕を嫌いになった。でいいからさ、つっじー」
「ああ」
 それなら大丈夫だと春樹は頷いた。
「よかった。理解してくれて。......で」
「?」
「肩痛いんだけど、離してくれる?」
 じっと間近で見つめられて、いつの間にか自分が詰め寄っていたことに、春樹はようやく気づいた。
「ご、ごめん!」
 春樹は、謝りながら慌てて山浦から離れる。
 動揺が過ぎたのか、春樹は下がりすぎて背後においてあった図書室の踏み台に蹴躓いてしまった。
「あ!」
 体勢を立て直そうとしたときには既に遅く、そのまま床に倒れこむ。
 一瞬、しんとなった。
 転んだ春樹を驚いた表情で見下ろす山浦。
 ......恥ずかしい。
 慌てて立ち上がった春樹だったが、顔が赤くなるのは止められなかった。
 無表情なまま、だんだん顔が赤くなる春樹を見上げて、山浦は笑う。
「つっじー、寡黙で近寄りがたい感じだと思ってたけど、......なんか面白いね」
「俺は、全然普通だ」
 会話が出来ないから黙っている。すると、外見も相まって更に遠巻きに見られる。
 自分から声を掛けられないので、1人でいる、という悪循環だと春樹は自分を笑った。
「じゃ、とりあえず帰り一緒に行こう。つっじー家どこ?」
「俺は駅通り過ぎて、公園の少し行った先のアパート」
「あ、そうなんだ。僕電車だから駅までね」

 そんなわけで、春樹は山浦と一緒に帰宅することになったのだった。


 部活動をしていない生徒の帰宅ラッシュもどきが終わって少したった後の道を、春樹は山浦と並びながら歩いた。
 こうやって誰かと一緒に帰るという経験をあまりしたことのない春樹は、くすぐったい気持ちを味わいながらもなにを話していいかわからない。
「あ、の......」
「つっじー」
 勢い込んで声をかけたところで、逆に山浦に名を呼ばれた。
「よく平気だね。やっぱ凄いよ。僕、なんかちくちくして嫌だ」
「あー......」
 そう言ってため息を付いた山浦を見て、そのまま背後に視線をずらした。
「なにこっち見てんだよ。きめえよホーモ」
「......」
 ぎろりと視線を向けられて、春樹も肩をすくめながら前に戻す。
 並ぶ春樹と山浦。の後になぜか博也が付いてきていた。
 気になって視線を向ければ、罵倒される。
 なのに博也は2人を抜かすことも、別の方向に向かうこともしない。
 ただ付いてくるのみだ。
「ごめんな、ホント山浦にばっかり迷惑をかけて......」
 春樹は小さく、山浦にしか聞こえない程度の声でそう謝罪した。
「そうだね」
 頷いて肯定した後に、山浦は眼鏡を指で押し上げて笑う。
「でも一週間だけだし。それだけの間ならこんな状態も楽しめるかな」
「そう言ってくれるとありがたい」
 一週間。
 2人が『付き合う』間の期間だ。
 それが終えれば、春樹は山浦を振ることになっている。
 付き合うようになったことは、博也にも告げた。
 昇降口で待ち伏せしていた際の、博也の憮然とした表情を思い出すと少し可笑しくもなる。
 思い出して春樹も頬を緩ませていると、ばんと、背中に何か当たった。
「そこ。ぼそぼそ喋ってんじゃねえよ。俺に聞こえるように話せ」
「村瀬」
 衝撃に驚いて振り返ると、すぐ後には博也のカバンが落ちている。
 博也が春樹に向けて投げたのだと、容易に察することができた。
「一緒に並んだら?」
「はぁ?なんで俺が白豚と歩かなきゃいけねえんだよ。人間になってから言えよこの四足歩行動物!」
 山浦に勧められた言葉に対して、更に吐かれる暴言。
「やめろ」
 さすがに度し難い暴言に、春樹が声を荒げると博也の矛先が春樹に向いた。
「ああ?春樹の癖に俺に生意気な態度取ってんじゃねえよ!」
 怒鳴ると、博也は春樹の服を掴んだ。


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