そのさん-5
4人で机を囲んでの昼食。
関谷と桜庭が驚いて箸を止めるほど、博也は凄まじい勢いでガツガツと弁当を平らげていた。
「春樹ゆっくり食ってんじゃねえよ!時間なくなるじゃねえかッ!」
「......」
ぺしっと頭をはたかれた春樹は、無言で視線を向ける。
その口元はホットドックで遮られており、言葉を発することなく視線をそらした。
「食いずらくね?それ」
恵方巻きを食べているかのような、口から離さない春樹の食べ方に桜庭が遠慮がちに尋ねる。
春樹は黙って首を横に振った。
昼食時間を引き延ばしたいとは思っていない。
だがこうもあからさまに博也に催促をされると、食べ物の喉の通りも悪くなる。
「ホント、普段そんな食い方しねえのに。馬鹿じゃねえの」
あらかた平らげてジュースを飲んでいる博也は、春樹の食べ方を見て鼻で笑った。
カチンとくる春樹だが、それでもいちいち反応していては身体が持たない。
こちらは、どんな大きさでも咥えてやろうと思って、口を開ける練習をしているというのに。
いっそ噛み付いてやろうか。
もぐもぐと口を動かしながら、半ば本気で考える。
「どうでもいいけど急げ......あで!ひっぱんな真吾ッ」
「あーごめんー」
急かす博也が声を上げて、関谷を睨む。
関谷は自分の食事もそこそこに、また博也の髪を三つ編みしていた。
教室に戻ってきた時点で、博也の頭には三つの三つ編みがあった。今は、五つに増えている。
「信行、ゴム」
「えええ。もーないよおー?」
そう答えながらも、ポケットからひらりと取り出されるファンシーなヘアゴム。
関谷も、どうせ三つ編みをするなら桜庭にすればいいのに。
桜庭の髪の毛の方が、博也の髪の毛より若干長い。
春樹はちらりと桜庭に視線を向けた。
普段はサイドに流している髪を、今はちょんまげのようにヘアゴムで止めている。
「あ、何?食う」
春樹の視線に気づいた桜庭が、丁度箸で摘み上げていた厚焼き卵を差し出した。
あ、いや俺は。
ホットドックを咥えるのを止めて、そう拒否しようとした時。
「餌付けしてんじゃねえよ信行......!」
「いだだだだだだっ」
博也がぐりぐりと桜庭のこめかみに自分の拳を当てて、ぐりぐりと締め上げた。
「あははははッ!」
それを見た関谷が腹を抱えて笑う。
「酷い博也!」
「くるしゅーない。俺が食べてやる」
偉そうに言い切った博也が、桜庭の了解もなしにぱくっと箸先から厚焼き卵を奪い取っていた。
「まあまあだな」
「うっわー何様?」
もぐもぐと味わって食べた後、そう言って博也は舌を出して唇を舐める。
その仕草を目撃した春樹は先ほどの口付けを思い出して、僅かに視線を落とした。
春樹の動揺した様子に気づいたのは、1人。
ぽんぽん味についての批評をしている春樹と、それを聞いている桜庭は気が付かない。
にやり、と笑った関谷は、自分の弁当の中からナスの味噌煮を取り出した。
「博也、これも食っていいぞ」
「お前ナス嫌いだからって俺に食わせやがって......」
「毎回お袋入れてくんのよ。好き嫌いなくせ~って。ほら、あーん」
「んあ」
大人しく口を開く博也。
下唇にナスが押し付けられて、つうっと煮汁が溢れる。
「あ、わり」
きちんと口の中に入れなかったことで、博也の眉間に皺が生じるのと同じタイミングで。
関谷が博也の唇を親指で拭う仕草をした。
「味は嫌いじゃねえんだけどなあ。色と食感が俺駄目」
そんなことを呟いた関谷は、拭った指をぺろりと舐めて何事もなかったかのように、昼食を食べ始める。
「真吾おこちゃまじゃね!」
博也が笑うと、ふっと関谷が肩を竦めてみせる。
「ピーマン食べられねえやつに言われたくないよなー」
「博也、トマトも駄目だったよねぇー」
「うっせ。あんなもん食いモンじゃねえ!」
からかったり、ふざけあったりする3人。
黙って昼食を取る春樹は、明らかに蚊帳の外だ。
歯、立ててもいいような気がしてきた。というか、もう忘れてそうだ。
先ほどまでは急いで食べていた博也だったが、友人との会話に夢中で、箸の動きが鈍くなる。
ふ、と春樹は無意識に入っていた肩の力を抜いた。
無心になって、ホットドックを食べていく。
「あ、つっじーはっけーん」
丁度食べきったところで、春樹は名を呼ばれて振り返った。
教室の出入り口のところに、山浦が立っている。
「ああ?!白豚が何の用だ!」
山浦の姿を見た瞬間に、博也が臨戦態勢に入った。
自分の頭にいくつも作られた三つ編みからヘアゴムを取ると、それをぴっと指で弾いた。
距離があるため、当たらない。
それを見た博也は、不機嫌な表情になり、いくつも同じように指で弾くが、それは全部当たらなかった。
「僕、つっじーに用があってきたんだけど」
ふうと息を吐くと、山浦は博也が飛ばしたヘアゴムを拾って近づいてくる。
「だから何の用だよッ!こいつに用があるときには俺を通せ!」
組んだ足を揺らして威嚇するように歯を見せる。
近づいた山浦は拾ったヘアゴムを全て指にかけるとそれを間近で博也に向けた。
「むらやん、つっじーと話していい?」
「てめえ、豚の癖に俺を脅そうなんざいい度胸じゃねえか」
睨みつける博也。山浦は淡々とした表情と口調で、どこか呆れているような様子を見せる。
黙って見守る春樹と、博也の友人2人。
と、そのうち片方がガタンと椅子を鳴らして立ち上がった。
桜庭が、なにやらゆっくりと山浦に近づこうとしている。
止めに入るのかと思いきや「子豚ちゃああん!」と思い切り抱きついたのを見て、春樹は目を見開いた。
この2人が親しげに接するところは、見たことがない。
だが、博也も関谷も動じていないところを見ると、それほど珍しいことではないのだろう。
山浦とも最近話すようになったばかりだ。まだ知らないこともたくさんあるのだろうと、春樹は神妙な心持ちになった。
「邪魔」
抱きつかれた山浦はきっぱりと言い切って、博也に向けていたヘアゴムを全て桜庭めがけて弾く。
「ぎゃ!」
悲鳴を上げた桜庭が怯んだ隙に離れ、山浦は博也に歩み寄った。
「つっじーに伝言して。トミィが職員室に来いって行ってたよって」
「よしわかった。春樹、職員室来いって」
同じ場所にいるのだから、聞こえてる。
なのに山浦の伝言を聞いた真面目な顔で博也に告げられて、春樹は思わず頷いた。
トミィ。富井は、春樹の担任教諭の名だ。春樹は何かあっただろうかと腰を浮かす。
と、その腕を掴まれた。
驚いて視線を手首に下ろすと、博也が掴んでいる。
「行くなよ」
え?
「だって先生が来いって」
「俺が行くなって行ってんだろうが。おい白豚。春樹はこれから忙しいんだから、後にしろって言え」
命ずる博也に、山浦は軽く眉を潜めた。
「嫌だよ僕。面倒だし、自分で言ってよ」
「子豚ちゃん、飴食べる?おいしいよっ」
「いらない。じゃ、つっじーまたね」
山浦の用とは、それだけだったらしい。
春樹に軽く手を振ると、振り返りもせずに出て行った。
「あああ子豚ちゃんから折角来てくれたのにぃ......」
山浦に纏わり付こうとしては拒否されていた桜庭がため息混じりに呟く。
「追っかければ?豚、足遅そうだし」
「うーんうーんううーん......あんまり外で声掛けるの、好きじゃなさそうなんだよねえ......」
関谷に勧められるが、そう言って桜庭は首を横に振った。
そんな様子を眺めた後、春樹は博也に視線を移す。
目が合うと、博也の纏う空気が変わった。