そのさん-7


 見下ろす博也は不遜な笑顔。
 無表情でも僅かに震える春樹の髪を優しく撫でる。
 春樹は博也の機嫌を損ねる前に、とそっと屹立したものに手を伸ばした。
 他人のものに触れるのは初めてだ。
 暖かい、と少し驚いて、そんな自分がおかしくなる。
 一度目を閉じて深呼吸をすると、身体の震えも止まった。
「噛んだらすまない」
「ちょ、お前噛む気かよッ」
 春樹が先に謝ってから顔を近づけようとすると、慌てた博也が手でその部分を隠す。
 咥えろと言ったり隠したりする博也に、春樹は少しだけ呆れ顔になった。
「噛むつもりはないが、初めてだからわからないだろう」
「噛んだら俺がするときも噛んでやるからな!絶対丁寧にやれよ!」
 恐々と手をどける仕草とその言い草に、春樹はふっと口元を緩ませた。
 あまり見せない春樹の笑顔に、博也も釣られて笑顔になる。
 が。
「どうしてお前が俺にそんなことするんだ?」
 不思議そうな顔で問いかけられて、博也の眉間に皺が寄った。
「なんだよ、されたくないのかよ」
「お前は嫌じゃないのか。他人の性器なんて、口に入れたいと思わないだろう」
 そう返しながら春樹はそっと舌を伸ばした。
 すぐに口に入れることは出来ずに、ちろちろと舌で舐めていると前髪を捕まれる。
 舐めたまま視線だけを上に向けると、「えろ......」と小さく呟いた博也が、少し赤くなりながら問いかけてきた。
「......したくないのかよ」
「したくない」
 今更何を、と内心首を傾げながら、いよいよもってぱくりと咥える。
 味とか匂いとかを気にしないように、そして歯を立てないように、春樹は口を動かした。
「っ、んぁ.........やっぱ、いい......」
「ん?」
 口の中で、博也のものはむくむくと大きくなる。
 人の性器の変化など見る機会なんて殆どなかった春樹は、博也の呟きのような声に聞き返しながらちゅっと吸い上げる。
 じわりと広がった味に、極力唾液を飲み込まないようにしていると、額を押された。
「いい!しなくていい!」
「ふぁ......?」
 あまりにもぐいぐい額を押されるので、春樹は口の中からペニスを引き抜いた。
「どうしたんだ」
 刺激を受けて完全に屹立したものは、中途半端にされて苦しそうだ。
「......なんだよ。したくなかったら、最初から言えよ」
「どうして。お前、俺の意思なんて関係ないだろう。言う必要があるのか」
 春樹の言葉に、博也はばっと顔を上げる。
 驚いた表情で見つめてくる博也に、逆に春樹が戸惑ってしまう。
「最初に言われたときは意味がわからなくて、きちんと断れなかったが、二度目は断った筈だ」
「お前、『気が進まない』って言っただけじゃねえか!したくないとは言ってない!」
 遠まわしに断ったつもりが、通じてなかったことに気づいて春樹は軽く息を吐く。
「......で、この会話には何か意味があるのか」
 できれば早く終わらせて戻りたい。担任からの呼び出しも気になるところだ。
「意味って......お、お前、......俺のこと、」
「なんだ」
「す、っ好き、じゃねえの......?」
 頬をうっすら上気させて、視線を逸らしつつ尋ねられる。
 博也が可愛く見える。と思う反面、春樹はその問いかけに表情を変えずに驚いた。
「聞いてどうするんだ。俺がお前のことをどう思おうと、俺の扱いが変わるわけじゃないだろう?」
「っ......キスしろ!」
 急な命令に、春樹は軽く瞬いた。
 え。俺お前の咥えてたのに。
 と思わないでもなかったが、春樹は背伸びして博也に口付ける。
「愛している、博也」
 囁きながらの口付け。
「......その言葉、嘘、なのかよ......」
 低く小さく博也が呟いた。
 顔を覗き込むと、少し悲しげな表情になっている。
 尊大に振舞う博也しか見たことのない春樹は、そんな博也の態度にますます戸惑うしかない。
「キスの時に言えと言ったのは博也だ。......言わない方がいいのか?」
「違う!じゃあお前、俺が言ったらなんでもすんのかよッ」
「他人に迷惑を掛けることでなければ、するだろうな」
「じゃあヤらせろっつったら、ヤらせるんだな?」
 ぎろりとねめつけられた。
 その眼差しで見られると自分が硬直するのを博也は知っているだろうに、どうしてそんなことばかりを聞くのだろう。
「だから、俺に聞く意味がわからない。嫌だと言えば、お前は俺に何もしないのか。殴ったり蹴ったり、蔑んだりしなくなるのか。俺の意思なんてあってないようなものじゃないか」
 淡々と告げていくと、博也の顔が青ざめていく。
 先ほどまで勃ち上がっていたものも、いつの間にか萎えていた。
「続きはどうする」
 しなくて良いとは言われたが一応確認すると、博也は俯き加減のまま、かちゃかちゃと自分自身をしまい込んだ。
 その様子からしなくていいのだと理解した春樹は立ち上がる。
 教室の時計を確認すると、あと5分程度で予鈴が鳴る時間だ。
 続けていたら、午後一の授業もサボらなければいけないところだったとほっと胸を撫で下ろしていると、胸倉を掴んで引き寄せられた。
 びくりと反応して、春樹は博也を見つめる。
 博也は苦しそうな表情をしていた。
「俺のこと、好きって言え!」
「好きだ」
「ッ......違う!口先じゃなくてもっと心を込めろよッ!」
「難しいな。......博也は、俺のことどう思っているんだ?」
 不意に気になって尋ねると、博也はぼんと音がしそうなぐらいに勢い良く赤くなる。
「俺が好きなのか」
「......す、す、好きなわけねえだろばぁか!なんでてめえなんかを好きになるんだよッ気持ちわりい!」
 きっぱりはっきり言われた春樹は軽く頷いた。
 言い切った後の、はっと驚いて口元を押さえる博也を眺める。
「教室に戻ってもいいか」
「は、春樹、今のは......その、えっと......」
「何」
「........................なんでも、ない」
「そうか。戻るぞ」
 春樹がそう声を掛けて部屋を出ても、博也は出てこない。
 少し待ったが、予鈴が鳴っても出てくる気配がないために、春樹はその場を後にした。
 素直になれない博也は、自己嫌悪いっぱいで部屋の中で項垂れていた。


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