騙すなら、身内から-8


 絶頂した後の痺れる余韻が身体を支配する。
「ん......っふ」
 びくびくと身体を揺らした後に、達したことで身体に入っていた力が抜ける。
 目を閉じてその感覚を味わっていたかったが、俺はそっと真宏を見た。
 真宏は、真面目な顔で俺を見つめている。
 切れ長の涼しい目が近づいてきた。吐息が俺の唇にかかる。
「だ、め!」
 俺は咄嗟に真宏の唇を手で覆っていた。
 わずかに真宏が眉根を寄せる。
 こいつの意図が俺が思った通りなら、き、キス、しようとしたんだろう。
「親友は、キスしない」
 手を離しながらそう小さく呟くと、真宏は「ふうん」と呟いた。
「で、お前はすっきりしたかもしれないが、俺のは?」
「......あ」
 そうだ。マツタケの存在をすっかり忘れていた。
 恐る恐る視線を下げ、やっぱり大きいマツタケを見て、戸惑いながら俺は手を伸ばす。
 そして真宏がしてくれたように、俺は上下に手を動かした。
 はあ、と吐息が俺の耳元を掠める。
 真宏は俺のように声を出さなかった。
 それで、本当に気持ちがいいのかわからなくなる。
「気持ち、よくないか?」
「いや、いいぞ」
 そう答える声も、震えたりもしてないし、変に上ずったりもしていない。
 本当に気持ちいいのか?
 思わずじろっと見てしまう。
 手の中のソレは先端に先走りを滲ませ始めたが、真宏は時折息を乱す程度だ。
「......ほんとに?」
「と、いうか、お前みたいな声、恥ずかしくて出せねえよ。よくまああんな声出せるよな」
「んだと?!」
 心底呆れたという声を出されて、俺はカチンと来てしまう。
「いっ......!」
 その瞬間に真宏のモノを力を入れて握ってしまったらしく、真宏がなんとも言えない苦悶の表情を浮かべた。
「あ、わり。......てめえが変なこというからだぞ?」
 ソコは言わずもがな男の弱点だ。走った痛みのどれほど辛いものかを想像しつつ、俺は唇を尖らせた。
「......もういい」
 すると、ため息をついて真宏が腰を引いた。
 俺の手の中にあった熱が逃げていく。
 と、同時に身近にあった真宏の体温も遠ざかった。
「真宏?」
「シャワー浴びてくる。お前もそれ、どうにかしたら?」
 すっかり普段の姿を取り戻した息子を遠慮なしに指差され、俺はばっと手で股間を隠した。
 散らばった衣類をかき集める俺を見て、真宏は小さく笑うと本当にそのままシャワーを浴びに行ってしまったのだ。



 それからというもの、俺と真宏の関係が少し変わった。
 あと、俺のお姫様計画は、結構順調に進んでる気がする。
「あ、相川、これ、前好きだって言ったろ。貸すよ」
「ほんと?嬉しいありがとー」
 にっこり愛想を振りまくと、視線が合ったクラスメイトの顔がぽんっと赤くなる。
 受け取ったのは小さな上袋。中を確認したら、CDが入っていた。
「......」
 それは、前にも他のヤツに借りたやつだった。
 実を言えば三枚目。
 たくさん人がいるところで、好きなアーティストの最新シングル聞きたい、なんて言うんじゃなかったと密かに後悔した。
 それでも、一応数日借りてから返すようにしてる。
「悟。次、移動教室」
 のんびり教室でクラスメイトと会話をしていた俺を、真宏が呼びに来た。
 こいつは相変わらず、俺が愛想を振舞うのが気に食わないらしいが、今のところ黙っていてくれる。
 幼馴染兼寮の同室ということで、俺のふぁん(なんかすっげ恥ずかしい)から殺気立つ眼差しで睨まれてるが、こいつは飄々としていて態度も変わらなかった。
 相変わらず、一緒に居て一番気が休まるのはコイツだ。
「あ、そうだっけ」
 俺はわたわたと、教科書を机の中から取り出して立ち上がる。
 すると周りにいた男のうち1人が馬鹿な申し出をした。
「教科書、俺が持っていこうか?」
「え?こんぐらい持てるよ」
 俺は箸しか持てないお姫様じゃねえ。
 もっとも、隣のクラスにいる、俺と同じぐらいの身長の女王様(無論男だが)は、教科書も何も持たないで移動したりするらしい。
 そのうち、みこしとかに乗せられて移動するんじゃないかと、俺はひやひやしている。
 みこしに乗るのはいいが、それを俺が目撃したときに大爆笑を堪える自信がないからな。
 つり目が可愛いその女王様のみこしを想像して、口の端をひくつかせつつ、俺は真宏と一緒に教室を出た。
 親友の真宏は、俺の隣を歩いていても、誰も何も言わない。
 前に一度、他のクラスメイトと一緒に歩いたこともあったが、その後、そのクラスメイトの顔に青痣があるのを見て、なんとなく真宏以外の人間は敬遠するようになった。
 寂しいけどさ、怪我させたくないし。
 達樹もこんな寂しい目にあってるのかと思うと、悲しくなる。
 でも、これからは俺がいるから大丈夫!
 1人で達樹と抱き合ってベッドインまで妄想していると、グッドタイミングで目の前に、俺の大事な恋人が現れた。
 隣には、月姫の騎士である賀川先輩がいる。
 が、他の野郎はアウトオブ眼中。
 俺の瞳には、儚げに微笑を浮かべて、会話を楽しむ達樹しか目に入らない。
「た、つ、きぃぃいいいいいッ!」
「ぅわ!」
 ダダダダダッと駆け寄って、俺は達樹に抱きついた。
 驚いた達樹は、抱きついたのが俺だとわかると、小さく苦笑を浮かべた。
「驚かせないでよ、悟」
「ごめん~。達樹も移動教室?会おうと思ってなかったから会えて、嬉しい!」
 にっこりと微笑んで、頬にキッス。
 若干周囲がどよめいた。
 おいてめえら、むさ苦しい声出してんじゃねえ。
 麗しい月姫と、可愛らしいあいちゃんを黙って鑑賞していやがれ。
 ......う。さぶいぼ......。
 自分で欲しくもない愛称を心の中でも口にすると、ダメージがある。
「いつでも会えるでしょ?僕たち恋人なんだから」
「そうだけど......」
 偶然が嬉しいんだってば。
 これが2人きりならば、人目もはばからず野獣になって押し倒すところだが、生憎とここは学校の廊下。
 ぷくっと頬を膨らまして上目遣いに睨む。
 すると、達樹は目を細めて、微笑んでくれた。
 かわいい仕草、良く出来ましたって意味だ。
 嬉しくなった俺は、達樹の腕に自分の腕を絡ませる。
 「キモ......」なんて、俺の表情を遠巻きに見ていた真宏が呟いたのが聞こえたが、当然無視だった。
 達樹と俺のカップルは、いまや学園内では知らぬものもいないほどの有名なものになった。
 なにやらルールも作られたらしく、『2人で話しているときは絶対に声をかけない』というものらしい。


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