8月リクエスト-9

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-Sunlight of summer-



 暑い日ざしが残る、空。
 じりじり焼け付くほどは強くないけれど、まだ暑い。
 目の前にいる熊が日陰でべったりと倒れているのを見て、俺は自分も毛皮をまとったらあんな感じになるのだろうなと思った。
 絶対丸刈りを希望する。
 顔の回りと尻尾の毛だけを残して後は剃ってくれ。
「ともあきさん、そんなにじっと見てたら熊に穴開くよ」
 腹を掻く熊を眺めていた俺は、ぽすっと頭にキャップをかぶせられて、顔を上げた。
 ヤツが、にこにこと俺の隣に立っている。
 ダメージデザインのデニムジーンズに、無地の七分袖カットソーという、今の時期なら誰でも着ているような格好なのに、どこか人目を引くような気がするのは、やはりこいつが見た目良いからか。
 それに比べて俺は。
 Tシャツにカーゴパンツ。
 楽でいいが、明らかに家着で出てきたという雰囲気が満載だろう。
「あっちに虎とかもいるみたいだよ。行ってみない?」
 男はそう言って晴れやかに笑った。



「この日、一日だけ無料入場できるんだって。ともあきさん行こうよ」
 そういって、コンビニ店員が誘ったのは、少し離れたところにある動物園だった。
 なにやら、開園記念日らしい。
 でもそこは、電車でも車でも一時間は掛かる。
「行かない」
 動物園がタダでも、他に金がかかるなら行かない。
 ぷいっと顔を逸らした俺に、ヤツはふっと笑って耳を舐めた。
「!」
 濡れた感覚に驚いた俺は、ヤツと距離を取ろうとするが、すぐに身動きを封じられる。
 ぎゅうっと抱きしめられて、俺は息さえ詰まりそうだ。
 いくらこんな夜中に誰もいないからといって、毎回毎回男二人で抱き合ってたら、いつか人に見つかるぞ。
 いつものバイトの帰り道で立ち寄った、公園の滑り台の横穴。
 男が二人で動くには狭すぎる。
 動こうとすればするほど強く抱きしめられ、俺は諦めてヤツの肩に頭を乗せた。
 手を背中に回すだけの勇気がなくて、コンビニ店員の服をぎゅっと握る。
 俺が動かないとわかると、男は力を緩めてくれた。
「バイクで行こう。俺免許持ってるし」
 諦めずに誘ってくる男。
 初耳だ。それならどうして電車で移動してんだ?
 不思議そうに首を傾げたのが、薄明かりの中でも見えたのだろう。
 男は目を細めてわずかに笑ったようだった。
「バイク自体は持ってないんだよね。でも、この日は知り合いに借りるからさ」
「行かない」
「俺が行きたいの。付き合ってよ」
「行かない」
 これで三度目だぞ?
 行かないったら、行かない。
 ヤツの声を耳元で聞きながら、俺は首を横に振った。
 すると含み笑いをされる。
「コンビニで立ち読みしてたくせに。夏のテーマパーク特集の雑誌」
 あ、あれは......前に行った海が楽しかったからで、また行ければいいなって思っただけで......。
 少し前に、早めについたからとコンビニで雑誌を眺めていたのがまずかったようだ。
 こいつはレジで忙しそうにしていたから、気付いてないと思っていた。
「開いたページ、動物園の特集のところだったような気がしたんだけどなあ」
 てめえ......俺の後ろから覗いてやがったな。
 むっと唇を結ぶと、その唇を舐められる。

「口、開けて」
 言葉に含まれた甘い響きに薄く開くと、ゆっくりと舌で歯列を舐められた。
 舌を絡ませ引っ張り出されて、俺は息が上がる。
 キス、は......嫌いじゃない。
 ふわふわして、甘い気持ちになれる。
 してる間、ヤツの視線が俺の肌を焦がすように熱いのが、まだ少し怖いけど。
「普通に金かかるんなら、誘わないよ。調べたらちょうど無料入場日があったから」
 何度もキスを繰り返した男が、俺の頬を手で包み右耳の耳朶に噛み付いた。
 身じろぎする俺。
 キスはいいけど、じゃれ付くようなやつの行動は、まだ俺には早いと思う。
 ほら、俺って社会不適合者だし、恋人が出来たってだけで、もはや奇跡だし。......まあ野郎だけどな。
 ヤツの唇が耳の付け根を辿り、首筋に降りてくる。
「行きたいなあ、動物園」
「1人で、行け」
 やばい。声が、震えてる。
 仰け反った俺の喉仏に、ヤツが口付けを繰り返す。
 あ。
 服の中に入り込んできた手。
 慌てて手首を掴むが、ヤツは熱い手の平で俺のわき腹を撫でる。
 やめろ、よ......くすぐったい。
「色んな動物見たいんだけどなあ。残念だなあ」
 ちょ......手、手!
 強引に入り込んできた手が、俺の胸を撫でてくすぐる。
 耳を甘噛みされて、口から熱い息が漏れた。
「この動物園行くの子供の頃以来だし。出来れば好きな人と二人っきりで、行けたら楽しいと思うんだけどなあ」
 離せ、やめろと言いたいのに言えない。
 今声を出したら、変な声が出る。絶対。
「ともあきさんが行ってくれないなら、ずうっとこうやってよっかなあ」
 ......おいこらてめえ。そこに正座しろ。俺が説教してやるから。
 人に無理強いしちゃいけませんって、教わんなかったのかこのボケ。
「いろんな動物、いると思うよ?楽しいよ絶対」
 ッ......馬鹿!そこ、引っ張るな!伸びる!
 俺の服に潜った指が、好き勝手に動く。
 何をしているのか想像もしたくない。
「......」
 俺は、肩で息をしながら唇を開いた。
「どうぶつ、えん......」
「ん。......行く?」
 男が行為を止めて、俺の顔を覗き込んでくる。
 絶対情けない表情をしていることだろう。
 俺は小さく一度だけ、頷いた。
 これならいいんだろーがこの変態。一度死んで来い。

「ありがとうともあきさん。大好き」
 わざとらしくチュッと音を立ててキスをするから、俺はヤツの唇に噛み付いてやった。



 そんなこんなで、俺は非常に不本意ながらヤツと一緒に動物園に来ていた。
「ねーともあきさん。なんでそんな離れて歩くの」
 広い動物園内を、俺はコンビニ店員とは離れて歩く。
 ふん。てめえに気を使ってやってんだ。話しかけんじゃねえ。
 動物園内は、人が多かった。
 やはり入園無料となれば、遊びに来る人も多いのだろう。
 人ごみは嫌いだ。
 必然的に、人気のないコーナーに俺の足が向く。
「見てともあきさん、アリクイでかい」
 ふらふらと歩く俺の腕を、ヤツが掴んで引っ張った。
 促されるままに視線を移す。
 『オオアリクイ』と書かれたゲージには、鼻の長い生き物がいた。
 見たことのないフォルムの生き物に、つい俺の足が止まる。
 アリクイ......動物園で蟻を集めて与えてんのかな?
 ゲージに近づいてのそのそと動くアリクイを見る。
 俺がアリクイに夢中になっている間、ヤツが俺の腕を掴んだままになっていたが気づかなかった。
 時折出てくる長い舌を眺める。
 あんだけでかいんだから、いっぱい食べるんだろうな。
 のそのそ動き回るその生き物のことを考えていると、指先に何かが触れる感触。
 てめえ......。
 ちらっと俺が視線を向けると、ヤツは大胆に手を握ってきた。
「下手に動く方が、気づかれるよ」
 手を離そうと身じろぎする俺に、ヤツがそう囁く。
 どうしてそう、お前は手を繋ぎたがるんだ。
「あ、ほら飯の時間みたいだよ」
 係員がゲージになにやらプラスチックの容器をぶら下げた。
 蟻、入ってない......。
 透明なプラスチックの容器には、どろっとした液体だ。
 アリクイはプラスチックの上部に付いた筒から舌を入れて舐めている。
 ヤツが係員に尋ねたところによると、蟻は餌としてあたえていないそうだ。残念。
 そんな具合に、俺とヤツは比較的に人の少ない珍しい動物を見て回っていた。
 親子でいる動物なんかは、親とは違う毛色だったり形だったりするのがいるのが面白い。
 昼になって腹が空いてきたので、ベンチで俺が持参した弁当を食べながら、小休憩を挟んだ。
 夏休みのガキどもは元気な様子で、あちこちを駆け回っている。
 俺はそんなガキどもを横目に、ヤツの話に頷いていた。
「小さい頃に俺、この動物園に来てンだけど、迷子になって泣きながら歩き回って散々だったんだ」
 こいつが泣き虫なのは昔からなのか。
 おにぎりを銜えてもぐもぐと口を動かしながら、隣に座った男を見る。
「父さんも母さんも探してくれてたみたいだけど、すれ違いばっかりでだめだったみたい。それで気づいたときは閉園時間になって、そこでようやく再会できたんだけど......。結局全然見れなった」
 懐かしそうに目を細める。
 いい思い出とは思えないないようだが、それでも語るヤツは楽しそうだ。
「可愛かった?」
「え?」
「お前」
 俺の言葉に、少し驚いたようだった。
「昔の写真も、探せばあるけど......」
「見せて」
 見てみたい。小さい頃のお前。
 今だって結構いい男なんだから、子供の頃はさぞかし愛らしかったに違いない。
 コンビニ店員は俺の提案に微笑んだ。
「それなら交換条件ね。ともあきさんも子供の頃の写真見せてよ」
「じゃあ、いい」
 俺の子供の頃の写真なんて、見たってつまらんだろうが。
「即答しないでよ。俺、見たいなあ。可愛い子供の頃のともあきさん」
 馬鹿お前。子供だからって可愛いとは限らねえぞ。
 俺のようにぶちゃいくに育っていくガキだっているんだから。
「見せてくれなかったら、こないだみたいにずーっと抱きついてようかなあ」
「......」
 独り言のように言って、俺を脅す男。
 目の奥では笑っている。
 ......兄の子供の頃の写真でも渡してやろうか。
 どうせわかんねえだろう。
「今度な」
「え、ほんと?やった。楽しみにしてるね俺。俺も持ってくるから」
 嬉しそうに笑う男に、若干罪悪感が生まれる。
 子供の頃は可愛かったんだという、なんだか無駄な見栄を張りたくて、俺は兄の写真を探すことにした。


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