12月-4

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「あらら......」
 残った兄の彼女は残念そうに呟く。
「ごめんなさいね。あの子、ほんと人見知りで。懐けば、すぐに懐くんだけど......」
 そう母がため息混じりに呟くのを聞いて、彼女はにっこりと微笑む。
「昭宏さんにも、そう言われました。......また次の機会に、少しでも話せるようになりたいです」
「じゃあ、うちに来て手料理作ってくれたら一発よ。うちの子たち、美味しいものには目がないから」
「亜希子......」
 母親の子供たちの評価に父は苦笑するばかりだ。

 そんな会話をしているとはついぞ知らず、俺は、兄を探して歩いていた。
 手にしていたセカンドバッグのケイタイのバイブは、既に止まっている。
 兄と一緒でなければ、戻る気になれない。
 ホテルのスタッフに喫煙所の場所を聞き、俺はそちらに向かって歩いた。
「......」
 そうだ。
 俺はそっと、足を止める。
 兄は俺に良く言っていた。お前のものは俺のもの、俺のものは俺のもの。
 けっ。このジャイアニズム主義者め。
 俺のものが兄のものだというのなら、兄のものだって俺のものだ。
 電話借りちまえ。
 和臣はまだバイト中だろうが、それならそれで、今日は行けそうにないことを留守電にでも一言残しておけばいい。
 俺は兄のバッグからケイタイを取り出すと、覚えている和臣のケイタイの番号を押した。
 ぷ、ぷ、ぷ、と相手のケイタイを探す音が鳴る。
 それからプルルルルルと、音が鳴った。
 あ、繋がった。
 俺はコールを数えて、留守電になるのを待つ。

 1回、2回、さんか......
『わりいセンセ!まだバイト中!後で掛け直すから!』

 一方的にまくし立てられて、電話は切れた。
「ん?」
 ケイタイを耳に当てていた俺は、切れた電話をまじまじと見つめた。
 発信履歴を見て、電話番号が間違っていないことを確認する。
 声も、和臣だった。
 俺が、聞き間違えるはずは、ない。
 兄のケイタイ番号は通知の状態だろう。特にその辺りの設定はいじっていない。
 あれ?
 似た番号の人が、知り合いにいるんだろうか。
 不思議に思いながら、ケイタイを見ていた俺は、不意に見えた数字に驚いて動きを止めた。
 さあっと身体の血が引いていく感覚を感じる。
 思わず俺は、兄のケイタイの電話帳を見た。
 ア行に、ヤツの名前はなかった。......それでも。
 俺は一度だけ深く深呼吸をすると、ケイタイの発信履歴から、今かけた分を消した。
 そしてバッグに戻して兄を探す。
 兄はすぐに見つかった。
 ガラス戸がある個室の喫煙所の中で、タバコを銜えている。
 煙が薄く霧のようになっている喫煙所内に俺が入ると、兄は少しだけ眉を上げた。
「なんだお前、どうした」
「電話、鳴ってた」
 バッグを差し出すと、すぐさまケイタイを取り出して着信履歴を確認している。
「持ってこなくて良かったのによ」
 せっかく持ってきてやったのに、なんだその言い草。
 俺がむすっとすると、また軽く小突かれる。
「戻るぞ」
 と声を掛けられて、俺たちは揃って喫煙所を出た。
「少しは、......沙紀と話したか」
 歩きながら兄は、少しだけ言いよどんでそう声をかけてきた。
 どうやら、先ほど恋人さんが話しかけてきたのは、兄の差し金らしい。
 もしかしたら、わざわざタバコを吸いに出てきたのは、俺と2人で会話をさせるためだったのかもしれない。
 話をしたことはしたので、こくんと頷く。
 すると、兄は軽く息を吐いた。
 そして俺の様子を伺いながら口を開く。
「沙紀は、見た目は大人しい感じだけど、結構はっきり物言う女だし、物怖じしないし、明るいし、母さんとも性格は合うと思う。父さんは、母さんが良ければいいだろうし。............お前は、どう思う」
「......いいんじゃ、ねえの」
「そうか!」
 少し考えて、そう答えると、兄はぐしゃぐしゃと俺の頭を撫でてきた。
 やめろよてめえ。
 邪険に手を払っても、どついてくるどころか、なぜだか兄は笑顔だった。
「そのうち、お前にもいい女探してやるから」
 急に上機嫌になった兄に、無理やり肩を組まれる。
 いらねえよ女なんて。
 俺はわずかに不機嫌な顔をしたまま、レストランに戻った。
 最後に軽く談笑している間、俺は押し黙って椅子に座っていた。
 元々俺が黙っていることはいつものことだから、みんな気にしない。


 どうして。

 その言葉が頭をぐるぐる回る。
 教えて欲しかった。
 どうして、昭宏が和臣のケイタイ番号、知ってんの?
 俺がかけた以外にも、発信履歴に残っていたヤツの番号。
 どうして。
 どうして、着信履歴にも、アイツの番号があるんだ?
 2人は、知り合い?......いつから?
 ......どうして2人とも、俺には何も言わなかったんだよ......。
 考えれば考えるほど、わからなかった。
 どうやって家まで帰ったのか、よく覚えてなかった。
 リビングの時計を見て、11時が過ぎていることに気付く。

 結局、和臣には連絡していない。
「おい。どこ行くんだ?」
 一度は脱いだコートをもう一度羽織り直す俺に、兄が訝しげに声をかける。
「出かけてくる」
「トモくん、今日はもう遅いから、明日にしたら?」
 はしゃぎすぎて疲れてしまったのか、既に欠伸をしている母までそう言って俺を止めた。
「すぐ、戻る」
 少しだけでも、顔が見たい。
 そう思った俺は、絡んでくる兄の腕から逃れて家を飛び出した。
 通い慣れた道を走って、俺はコンビニに急ぐ。
 なんで俺、こんなに動揺してんだ?
 息を切らして走って、コンビニにたどり着く。
 表には、ぽつんと1人の影があった。
 ぼんやり空を見上げて立っている和臣。
「小野!」
 声をかけると、弾かれたように和臣が俺を見た。
「ともあきさん」
 いつものように、とろけそうな優しい笑顔を浮かべる。
 俺が駆け寄ると、ぱちぱちと瞬きした。
「出かけて、遅くなった」
 息を乱す俺を、頭から見下ろしていく。
 それから俺の手を掴んでコンビニの裏側につれて行った。
「スーツも似合うね。かわいい」
 いつものように戯言を口にしながら、冷えた俺の手を手で温めてくれる。
「でも」
 そこでふっと区切って、視線を俺の足元に落とした。
「なんでスニーカーなの?」
「......」
 それは、急いで家を出てきたからだ。お前が待ってると思ったから。
 履いた靴が、格好とあってるかどうかなんて気にならなかった。
「小野、おの......」
 俺が身を寄せると、和臣は驚いたように目を見開く。
 ぎゅうっと抱きしめてくれながら、そっと俺の様子を伺ってきた。
「どうしたの?待たせたことなら気にしないでいいよ。俺が好きで待ってるんだし」
 でも、役得だ、と俺の頬に頬をすり寄せてくる。
 触れ合った頬は、ヤツも俺も冷たい。
「ごめん。電話、しなくて......」
「だから大丈夫だって。ともあきさんったら」
 わざとちゃかすような声を出して、和臣は俺の頬をむにっと摘んだ。
「悪いと思ってるなら、ともあきさんからキスして。俺はそれで十分」
 口付けをねだるように、唇を軽く突き出す。
 いつもと変わらない男の様子に、俺はほっとしてしまった。
 俺、気にしなくていいんだよな。......なにも。
 軽くちゅっと触れ合って、すぐに離れる。
 すると、腰に手を回され身体を引き寄せられた。
「わかんなかったから、もう一回」
 催促されて、俺はもう一度キスをする。
 今度は、身体を引こうとした瞬間に唇を舐められ、深い口付けになった。
「ん、ん、ん」
 ヤツの服を強く掴んで引っ張る。
 馬鹿、ここ、外......!
 俺が腕の中で暴れても、馬鹿は俺を離そうとしない。
 走ったときとは別の意味で息の上がってしまった俺は、足に力が入らなくなってしまった。
 バイクに乗せられて、優しく唇を啄ばまれる。
「今日はもう遅いからこのまま家まで送るね」
「......ん」
 こくんと頷くと、ヘルメットを手渡された。
 12時前には、家に帰ることにしている。
 だからバイト後に会える時間は、いつも一時間半程度だ。
「明日」
「なに?」
「ケイタイ、見に行きたい」
「......え?」
 俺の誘いに、和臣はぽかんとした表情になった。
「え、でも......」
「バイト、してるから、金はある。......自分のケイタイ、欲しい」
 一緒に見て欲しいと頼むと、痛いぐらい強く抱きしめられた。
「まじで?!なんで早く言ってくれなかったんだよもう!なにしてんの?時間はいつ?週何回?」
 次々に質問されて、俺は目を白黒させながら答える。
 運送会社の倉庫でのバイトのこと、昼間の短時間していること、もう既に、バイトを始めて二週間経つこと。
 それを聞いた和臣は満足そうに目を細めた。
「そっかあ......俺もともあきさんと一緒に働くかな」
 コンビニ辞めて、なんて呟くから、俺はばしっと叩く。
 お前と一緒に働いたら、ぜってえ仕事になんねえよ。
「平日の昼間だけ、だから、お前は無理」
「ちぇー、ともあきさんの働く姿見たいなあ俺。重い荷物とか持たされてない?いじめとか合ってない?」
 心配されるのはなにやらくすぐったい。
 平気、と答えると、和臣は俺の手に指を絡ませた。
「そっか。お金があるなら、ケイタイ買っても大丈夫だよな。俺、ともあきさんとケイタイ番号交換すんの夢だったんだよ」
 そんなの夢にすんなボケ。
 呆れた俺が軽く肩をすくめるのも気にせずに、嬉しそうにべらべら喋る。
「俺の知り合いに、ケイタイショップでバイトしてるヤツいてさ。ともあきさん新規になるし、ドコモの少し前の機種なら安く買えると思うよ」
「......そう、だな」
 嬉しそうに話す、和臣が告げた言葉。
 今までだったら気にしないで流していたかもしれない。
 どうして、俺はドコモのケイタイを、買う前提なんだ?
 俺の家族がどこのケイタイ使ってるのか、なんで知ってんの。
 もしかしたら、兄と和臣はメールもし合ってるのか。

 どうして。

 こんな些細なことが、気になるんだよ。
「じゃあ明日、迎えに行くね!」
 ヘルメットを被る前にそう言われて、俺はうまく笑えた自信がなかった。


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