2月-1

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-残寒の候-


 雑誌コーナーの向こう側の、コンビニのガラスに映る、冴えない顔。
 ぴんぴん跳ねている髪の毛が気になる。
 指でぐしぐしと、その跳ねている部分を直そうとするが、何度やっても勝手に跳ねる。
 ......そろそろ、髪切るかなあ。
 見ているうちに、違うところが気になった。
 コンビニのガラスには、外から打ち付ける雨の雫。
 今日は雨だから、コンビニの中で和臣を待っていた。
「悪いね、長引かせて」
 コンビニの店長が掃除しつつ俺に詫びる。
 俺は軽くぺこっと頭を下げて、掃除の邪魔をしないように移動した。
 これだけ長い間通ったりしているから、いつの間にか顔見知りにもなる。
 向こうは俺を和臣の仲の良い友達と思っている。......はずだ。
 まあ、こんな顔が美形と並んでいても、恋人同士とは思わないだろう。
「お待たせ」
 和臣が出てきた。
 いつものダウンジャケットに、あったかそうなニット帽をかぶっている。
 いいな、それ。俺もかぶりたい。
 髪の毛跳ねてんの気になる。
 ニット帽を見て、一瞬だけそんなこと考えた俺は、ばからしいと軽くかぶりを振った。
「じゃあお疲れ様っした」
「お疲れ~」
 その声に送り出されるように、俺は和臣と一緒にコンビニを出た。
 今日は朝から雨だったから、バイクはないらしい。
 和臣は白い傘、俺は透明の傘を差す。
 梅雨時期みたいに一緒に入りたいって和臣は言ったけど、濡れるとあのときよりも寒いから、俺が却下した。
 濡らして、風邪を引かせたりするわけにはいかねえし。
 しばらく歩いて、コンビニから離れ、暗い住宅街に差し掛かると、和臣が寄り添ってきた。
 触れ合う、手。
 手袋してても冷えた手が、素手でも和臣に温められていく。
 あいかわらず、雨だとコイツは俺を家まで送ってくれる。
 前みたいに、俺がコイツを駅まで送っていってもいいと思うんだけど。
 そう思いつつも、今日も俺は家まで帰る道を和臣と歩いていた。
 大体話を振ってくるのは和臣から。今日もそうだ。
「バレンタインって、なんでチョコなんだと思う?別にお菓子なら、なんでもいいと思うんだけど」
 知らねえよ。んなの。
 この時期にその話題を振るってことは、欲しいってことか。
 今は逆チョコの時代だしな。野郎が買うのもまあ、それほど変なことじゃねえだろうけど。
 ......手作りキットを買うのは、たぶんまだ、変な目で見られるんだろうなあ。
 俺がいろいろ考えていると、和臣が小さくため息をつく。
「すっげえ悩むんだよなあ。ともあきさん、甘いの嫌いだし」
 え?
 その言葉に、俺は足を止めた。
 無駄に整った顔を見上げると、和臣が見下ろしてくる。
「なに?」
 ふわっと、凄い柔らかい笑顔を浮かべる、ばか。
「いつ、知った?」
 俺が甘いの嫌いなの。
 こいつの前で、それを口にしたことはない。
「見てればわかるよ、アイス好きだと思ってたけど、あんまり食べないよね。......あと、」
 和臣は一旦言葉を区切ると、かぶっていたニット帽を取った。
「これも見てたよね」
 帽子を俺の頭にかぶせて、「似合う」なんていって笑っている。
 俺は和臣の観察力に驚いて、ぽかんと見つめてしまった。
「俺って、わかりやすい、か?」
「表情はあんまり変わんないんだけどねえ。でもともあきさんのこと愛してるから、何でも知るようにしてんの、俺」
「......」
 不意に出てきた言葉に、俺はニット帽を引っ張って、目元を隠す。
 なんだこの、むずがゆいような、恥ずかしさ......。
 俺が押し黙っても、和臣は気にせずに手を引いて歩き出した。
「甘くないお菓子って、俺の頭ん中にはせんべいとかしか浮かばねえんだよ。それもどうかと思うじゃん」
 小さく唸って、そんなくだらないことで悩んでる。
 イベント好きな男だなあ。こいつは......。
 マメじゃない俺は、ほとほと呆れてしまう。
「俺」
「ん?」
「お前が、くれるのなら、なんでも食うけど」
 しかたねえから、激甘のチョコでも食ってやる。
 ぼそっと告げると、ぎゅうっと手に力が入った。
 引っ張って下げたニット帽からそっと覗く。
 すると、和臣が軽く手の平で顔を押さえていた。
 どした?
「うっかり、爆弾落としてくれるんだもんなあ......」
 何が爆弾だ。
 むすっとしていると、指を絡める手の繋ぎ方に変えられる。
「ともあきさん」
 なんだよ。
 邪険にするつもりはないが、なんとなく足が速くなる。
 俺の家は、もうすぐだ。
「キス、していい?」
「......ここ、道路」
 そう言っても、ばかには通じない。
「キスしたいなあ」
 甘くねだる、声。
 ......やめろよ。
 俺だって、したくなるじゃねえか。
「!」
 迷っているとぐっと手を引かれて、身体が密着した。
「するね」
 熱い瞳で見つめてくる男。
 だんだん、距離が縮まる。
 和臣の吐く白い息が、俺の唇に掛かった。
 ゆっくりと目を閉じると、そのまま唇が重ねられる。

 優しい、触れるだけのキス。

 胸の奥がじんっと熱くなる。
 互いに、なんとなく離れがたくて、傘の影でキスを交わしていた。


 それを、誰かに見られているとは、気付かずに。


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