2月-11

Prev


 笑いながら夕食取って、あっという間に夜も更けた。
「じゃあ私そろそろ......」
 リビングでゆっくりしていたところで、沙紀さんが立ち上がった。
 時計を見れば、もう10時を回ったところだ。
「送る」
 兄も立ち上がって、部屋にコートを取りにいく。
「今日は楽しかったです。呼んでくださってありがとうございました」
「いえいえこちらこそ」
 なんて、母と沙紀さんが玄関で会話している。
 見送りいかなきゃな、と思いながら、俺はコタツから出れなかった。
 動くのが億劫で仕方がない。
「智昭」
「なあに、父さん」
 同じくコタツに入ったままの父が、こてんとテーブルにつけた俺の頭を撫でる。
 ので、テレビから視線を外して父を見る。
「何かあったのかい?」
「就職した」
 撫でられるまま、玄関の様子に耳を傾ける。
 ばたん、とドアが閉まって静かになった。
 母さん外まで見送りに行ったのか。
「うん、そうだね。でも他になにかあったろう。お喋りなお前に、母さんも昭宏も落ち着かないみたいだぞ」
「......」
 言われて顔を上げる。
 視線を合わせると、父は優しく俺を見ていた。
 その目が照れくさくて俺は視線を彷徨わせて、テーブルに落とす。
「父さん俺ね、気付いただけだよ。幸せになるために、努力が要るって」
 俺の言葉に、父は驚いたようだった。
 また伸びてきた手を避けて、俺は視線を上げる。
 父は、少し眉間に皺を寄せていた。
 どうしてそんな顔すんだよ。最近昭宏もそうなんだけど。
 母さんはたまにじっと俺の顔を見てる時がある。
 変な家族。......まあいいや。
 気を取り直して、俺はこれからのプランを口にする。
「就職したし、俺も彼女作ったら、家に連れてくるね」
「それは......また急な話だね。気になる子でもいるのかい?」
 困ったような顔で父は笑った。
 俺は首を横に振る。
 気になる子なんていない。......好きな、人はいるけど......駄目だし。
 無意識に握った手を広げて、指を擦り合わせる。
 ああ、また冷たい。暖めないと。
 ぼんやりと俺は思った。
「これから、作るの。沙紀さんに負けないぐらいの美人......は無理かもしれないけど、可愛い子連れてくるから」
 楽しみにしてて、と告げて俺は立ち上がった。
 ごそごそと戸棚の中を漁って、使い捨てカイロを出す。
「智昭」
 ぶんぶん振って、早く熱くなるようにしていると、父に呼ばれた。
 ごそごそとコタツに戻ると、肩を引き寄せられる。
「幸せになるには、努力はなくていいんだよ。気付いたらなってるものだから」
 青い鳥みたいにね。と童話を持ち出す父。
 もしかしたら、俺今心配かけさせてんのか?
 ふと、思い当たった。
「父さん」
「ん?」
「俺ね、すごく幸せだよ。父さんも母さんもいるし、昭宏もいるし、もうすぐお義姉さんもできるっぽいし」
 指折り数えて、俺は恵まれてる生活を上げていく。
 そうだ、俺は幸せだ。
 ニートで引きこもりだった俺が、これだけ幸せなのだ。
 きっとちゃんと社会人になって結婚したら、より幸せになるに違いない。
 不幸かもしれないなんて、疑う要素はないんだから。
「でも俺欲張りだから、もっと幸せになるための努力をするんだ」
「......そうかい」
 父は、俺の頭を撫でて笑ってくれた。
 ただいま、と玄関から声が掛かる。
 母は、やっぱり兄と一緒に駅まで、沙紀さんを送っていたらしかった。
 みんなで寝る用意して、おやすみなさいの挨拶もして、俺は自分の部屋に戻る。
 使い捨てカイロをずっと握っていたせいか、手は暖かくなっていた。

 よかった。これで寝れる。

 そう安心してベッドに入り、目を閉じた頃。
 俺を抜かしての緊急家族会議が行われていた。
 良くは知らないが、大荒れに荒れたらしい。



 翌朝。
 起き出してまず行った洗面台で会った兄は、何だか憔悴していた。
「智昭、幸せか?」
「うん。俺ほど幸せな人間いねえよ」
「......」
 自信満々にそう言い切ってやったのに、兄は何も言わずに通り過ぎてしまった。
 なんだアイツ。
 俺は首を傾げながら歯磨きを始めた。


Prev

↑Top