1月-1

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-寒さ厳しき折から-


 年末にようやく出されたコタツを一番喜んだのは俺だった。
 12月よりも更に冷え込んだ1月の正月。
 もぐったまま顔しか出さない俺にイラつくのはいつも兄。
「おら、出ろよ。俺が入る場所ねえだろうが」
 俺のうちのコタツは、正四角形だ。一面はテレビがあるからそっちには座りにくい。
 必然的に残り三面に座る形になるが、4人家族だと1人余る。
 父と母の席はもう固定だ。そうなると必然的に1つの席を兄弟で争うことになるのだ。
 争いはいたってシンプル。先に入った方が勝ち。
 俺は兄が入っていると諦めてストーブの前に座ったりしているが、兄は違う。
 どうにかして引きずり出そうするのだ。
 今も手を突っ込んだりしてくるが、それも毎年のことで慣れた。
 がじっと指に噛み付くと「このドン亀め!」と足で、俺の後頭部をぐりぐり踏みつけてくる。
「昭宏、そのぐらいにしなさい」
 正月休みの父もいて、俺を苛める兄を止めてくれた。
「父さん、コイツに甘すぎるんだよッ」
 兄はご機嫌斜めらしい。まあ、いつものことだ。
「トモくんもずいぶん耐性ついたわねえ。昔はよくお兄ちゃんに蹴り出されて泣いてたのに」
 みかんを食べながらコタツに入っている母が、そんなことをしみじみ呟いている。
 ふん。いつの話だ。
 ストーブ付いていても、着込んでいても寒いもんは寒いんだ。
 俺は絶対出ねえぞ。
 と、潜っている俺に一つの着メロが聞こえた。
 きょろきょろと視線を周囲に動かして、音の元を探す。
 コタツの上に、俺の真新しいケイタイが乗っていた。
 手を伸ばして取ろうとすると、兄に奪われてしまう。
 にやりと兄が意地悪く笑った。
 そして、リビングの窓に手をかける。
 ちょ、おま。
 ひしひしとしてくる嫌な予感に、俺は兄の動きを凝視した。
「ほーら......取って来い!」
「!」
 ぶんっ。
 投げた振りかと思ったが、違った。
 あの大魔王は、ホントに投げた。
「......しねッ!」
 怒鳴った俺に対して、兄は腕を組んで壁に寄りかかってにやにや笑う。
「早く行かねえと、雪が溶けて中に滲みて、使えなくなるかもな」
 くそ......。いつか本気で首絞めてやる!
 文句は他にも言いたかったが、ケイタイが気になった。
 上着も羽織らず、俺は慌ててリビングを飛び出していく。
「あーさむ」
 俺を見送った残った兄が、空いたコタツに入り込んだ。
 兄弟の行動を見守っていた母は苦笑し、父は呆れ顔だ。
「お兄ちゃん、本気であのケイタイ駄目にしようとしてるでしょ」
 母の言葉を否定することなく、兄は頷く。
「当たり前だ。俺のやったケイタイあるのに」
 あのやろうと呟いた兄も、母と同じようにみかんをむいて食べ出した。
「昭宏。智昭は1日ずつ交互に、2つのケイタイ使ってるじゃないか。両方大事にしてるようだし」
「俺のケイタイ使わないあの馬鹿が悪い」
 不機嫌なまま、両親の助言を聞き取ろうともしない兄に、父と母は肩をすくめて顔を見合わせた。


 ......と、いったやりとりがあったことを、外に飛び出した俺は、もちろん知る由もない。
 白い世界。
 空からも、冷たい氷の結晶が降ってくる。
 正月に雪って、家に篭もれって言ってるようなもんじゃねえか。それなのにあの悪魔は......!
 唸りながら、俺は庭で投げられたケイタイを探した。
 ......あった!
 ピッ、ピッ、とメールを受信したことを知らせるランプの点滅を見つけ、俺は慌ててケイタイを持ち上げる。
 雪塗れになっているが、ケイタイは無事だった。
 ほっとしながら、俺はぱかっと二つ折りのケイタイを開く。
 寒さよりも、届いたメールの内容が気になった。
『ともあきさん!そっちすげえ雪だってね。テレビで見たよ~!大丈夫?冷えてない?風邪引いてない?帰ったらすぐに暖めるから、待っててね!』
 カラフルな絵文字が踊るケイタイ。書いている内容は、まさにどんぴしゃな内容で、思わず笑ってしまった。
『早く、暖めて』
 俺はいたってシンプルに返す。
 すると、すぐに返事が届いた。
『俺の熱、今すぐ届け!』
 そんな言葉の周りを囲むようにに、ハートマークと炎の絵文字が交互に並んでいる。
 愛情表現らしいが、ちょっとおかしくて笑った。
 本当に、なにげないやり取りが楽しい。
 久々に持ったケイタイ。俺は文章が作るのが遅くて、ちまちまとその場でボタンを押す。
 はあっと吐く息が白い。
 正月に、田舎に帰ってしまった和臣。年末に、じじばばに顔を出さなくちゃいけないんだ、と言った和臣は残念そうだったが、俺はこうしてメールをし合うのも、新鮮で面白い。
『あったかい。でも、まだ寒い』
 そう返すと、今度は返事が戻ってくるまで時間がかかった。
 なので、俺はぶるっと肩を震わせて室内に戻る。
 また手が冷えたじゃねえか。
 冷たい指先に手の平。
 今は和臣がいないから、自分で手の平を擦り合わせて暖めるしかない。
「ケイタイは大丈夫だったのか?そりゃ良かった」
 リビングに戻ると、満面の笑みを浮かべた兄に、そんな嫌味を言われた。
 兄は、俺がいたところにすっぽりと入っている。
 ......こんなところに、いい湯たんぽがあるじゃねえか。
 俺はケイタイをポケットに押し込むと、兄の背後から抱きついた。
「ぎゃ!てめえなにすんだこのボケ!!」
 悲鳴の上げた兄を無視して、服の中に散々冷えた俺の手を突っ込む。
 べたべたと、無駄にしつこく胸板とか腹を撫でてやった。
 うん。あったかい。
「この......ッ」
「!」
 カチンときたらしい兄の肘うちが、思いっきり俺のわき腹に入った。
 ぐ、おおお......。
 わき腹を押さえて床に倒れこむ俺。
 痛さに涙が浮かぶ。
「お兄ちゃん!駄目でしょ?」
「だってあいつが!......くそ、来い」
 ぐえ。
 痛みに身悶えていた俺は、兄に首根っこを捕まれて引っ張られた。
 2人で座るには狭いコタツの一面。俺がさっきいたところ、そして現在兄が座るその一面に押し込まれた。
「狭い」
 肩を寄せ合う格好に、俺は痛さに顔をしかめたまま不満を漏らす。
「文句言うな。俺の方が窮屈だ。お前もっとチビになんねえのか」
 バシバシと背を縮めるように頭を叩かれる。
 やめろボケ。
 手を振り上げると、「お前は手が冷たいんだから中に入れてろ」と振り上げた手を、兄にコタツの中に押し込まれた。
「あーあ。もっと小さくなんねえかな。狭いんだよ」
 そのくせ兄は俺の頭を叩き続ける。
 ......なんか、理不尽じゃね?
 そんなに力は入ってないが、そう何度も叩かれるのは俺も嬉しくない。
 むすっとしていると、ポケットに押し込んだケイタイが鳴る。
 もそもそ動いて、こっそりコタツの中でケイタイを開いた。

『あ・い・し・て・る』

 ちらっと覗いた画面は、ハートで作った文字を、炎で囲むという、奇天烈な5つの大文字だった。
 ......あのばか、俺の心を燃やす気か。
 呆れたが、体の芯がほんわかあったかくなった。
 しばらく兄に頭を叩かれていてもいいかなと思うぐらい。
 あんまりしつこかったから、最後は足を蹴って止めさせた。
 ......倍返しにされたが。

 いつもながら、平穏でのんびりとした正月を、俺は過ごした。


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