1月-2

Prev

Next


 正月休みが終わって、父がまた出張に行ってしまった。
 母も兄も毎朝忙しそうにしている。
 俺だってバイトの量が増えた。
 ちゃんと自立したいと思うようになって、職安にも通ったりしているが、なかなか就職までは難しい。
 自分が何をやりたいのか。何ができるのか。具体的な想像ができていないから、なおさらだ。
『和臣は、将来やりたいことある?』
 バイトが終わった後、俺はメールでそんな質問をした。
 今日は、まっすぐ帰宅するわけじゃなく、和臣のマンションに向かっていた。
 こっちに戻ってきているから、大学が始まる前に会おうと言われたのだ。
 メールって便利だ。すぐに誘ったり誘われたりできる。
 未だに電話だと話しにくい俺にとっては、いいものかもしれない。
 しばらく経って、ケイタイが軽快な音楽を響かせる。
 商店街の中を歩いていた俺は、その音にケイタイを手に取った。
『俺、電子工学科だし、やっぱそっち方面かな。もの作るの好きだし』
 相変わらず、なんだか訳のわからない絵文字がぷかぷか浮かんでいたが、帰ってきた内容に驚いた。
 そういえばこういった話題は、あまり振った記憶がないし、振られた記憶もない。
 歩きながらメールを打つなんていう器用な真似ができない俺は、商店街の端に寄ってちまちまとメールを作る。
『すごいな。もう決めてるのか』
 送信。
 すると、すぐにまた返信がある。
 ケイタイを開くたびに足が止まるので、なかなか進まない。
 ......まあ自業自得なんだが。
『でもやりたいことたくさんあるから、いろいろ悩んでるんだけどね』
 やりたいこと、か。
「......」
 俺は何がやりたいんだろうか。
 今まで結構ぼんやりと生きてきた自覚があるから、今更考えてみると何もない。
 でも、そろそろちゃんと考えないと駄目だろうな。
『俺も、なにかやりたいこと考える』
『じゃあ一緒に考えよ?なんかできることがあったら手伝うし』
 そう頼もしいことを書いてあるメールには、続きがあった。
 空欄が続くメールの本文をスクロールしていくと、一番最後に『後ろ向いて』と一言。
 振り返ると、ダウンジャケットを羽織った和臣がすぐそばに立っていた。
 少し、髪が短くなって、色も心なしか明るくなっている気がする。
 あまりの近さに、俺は驚いて後ずさった。
「そんなに驚かないでよ。ずーっと後ろ歩いてたのに、ともあきさん気付かないんだもん」
 肩をすくめると、和臣は軽く俺の腕を引いて歩き出す。
 俺はお前とのメールに夢中だったんだよ。
「声、掛けろよ」
 意地が悪いぞと睨むと、和臣は目を細めて笑った。
「メール受信したとき、少し笑うのって無意識?」
 え。
 言われた言葉の意味がわからなくて、俺は和臣を見て首を傾げる。
 笑ってた?この俺が?
「その顔だと、自覚なしか。......それって俺のメールだけ?」
 すっげ可愛いんだけど。と小さく耳元で囁く和臣。
「ここ、外」
 そういうこと公共の場所で言うんじゃねえよボケ。
 俺がむすっとした顔をすると、和臣はケイタイを取り出してメールを打った。
 すぐに、俺の手の中のケイタイから音が鳴る。
 だが俺はそれを見ることはせず、足を早めた。
「見てくんないの?ともあきさん」
 少し後ろを歩く和臣がつんつんと俺の肩を突いてくる。

 うるせえなあ、なんか嫌な予感するんだよ。

 すると、ケイタイが何度か断続的に音が鳴った。
 和臣からのメールは、特定の音が鳴るように設定してあるから、それはすべてこいつからだということがわかる。
 さっさとマンションのエレベーターに乗り込んでドアを閉めてしまおうとすると、和臣が閉じかけたドアを押さえて乗ってきた。
「まだメール見ない?」
 尋ねながら和臣は、俺の手に自分の手を重ねてきた。
 いくら2人きりとはいえ、いつ誰が乗ってくるかわからないのに、このばかは。
 軽く頷くと「早く読んだ方がいいよ」と意味のわからないことを告げてくる。
「着いてから、見る」
 それまで絶対見てやんねえ。
 俺もなんだか無駄に意地になって見ないでいると、俺のケイタイは何度も鳴り響いた。
 その間、互いに無言だ。
 手だけ繋いでいる。
 エレベーターは、俺たち以外に誰も乗せることなく降りる階に着いた。
「んじゃともあきさん。メール、最初のから見てね」
 しつこいなこいつ。
 そのしつこさに根負けした俺は、靴も脱がないまま、手にしていたケイタイを開いた。
『マジ可愛い。メールなら何度言ってもいいよね』
 それが、未開封の最初のメール。

『早くキスしたい』
『ともあきさん、後ろ毛跳ねてるよ』
『愛してる』
『ぎゅってしていい?』
『ずっと逢いたかった』
『やべえかも俺』
『部屋に着いたら、抱いていい?』
『抱きたい』

『今すぐ、愛したい』


 カラフルだったメールが、だんだん飾り気なくなっていく。
 ......なんか、それが、和臣の余裕のなさを表しているようで、メールを見たまま俺は顔を上げられない。
 耳まで赤い自覚あるぞ俺......。
 は、恥ずかしい。このばか、なんでこんなこと......。
 早く読めという意味が、ようやくわかった。
 心の準備が出来てなかった俺は、鼓動を早くするしかない。
 メールを見ている振りをして、カチカチカチとボタンを押してると、また新しいメールが届いた。
『俺を見て』
「ともあきさん」
 今届いたメールを読んだ途端に声を掛けられて、俺はびくうっと跳ねた。
 そのまま視線を上げて和臣を見つめる。
「あけましておめでと。......改めて言いたくて」
 少し照れたように微笑む。
 メールの性急さとは違って、優しげに見えた。
 俺は安堵して口を開く。
「これからも、よろしく」
 これからも、ずっと。
 今年も、と言うよりはこっちの方がしっくりくる気がした。
 俺の意図が伝わったのか、和臣の表情が変わる。
「ああもう!」
「わ......」
 力強く抱き寄せられ、そのまま抱き上げられる。
 手からするっとケイタイが落ちたが、それを拾う余裕はなかった。
「ごめん!やっぱがっついてるかも俺。優しくするから」
 靴はギリギリ脱げたが、和臣は俺を抱いたまま、そのまま部屋を突っ切り奥の寝室に向かう。
「ま、待て!俺、ひ、久々だから、」
 そう、がっつかれてれも困る!
「優しくするから!」
 ......ほんとかよ?!
 若干の不安を抱えたまま、俺は今年初めてヤツの部屋の中に入った。
 ひんやりとしたベッドに下ろされる。
 俺の身体を跨いで、顔の両脇にヤツが手を置くから、ちょっと頭の方が沈んだ。
 む、無駄に拝むように胸の前で指を組んで、見上げるしかできない俺。
 がっちがちに固まっている俺に、和臣は少し笑った。
 顔を下ろして、鼻先でつん、と俺の鼻を突く。
 動物、犬みたいなそぶりだ。
「ともあきさん、大好き」
「っほ、ほんとに、する......?」
 俺だって、そういうことがあるかもしれないとは考えてきたけど、実際にされるのはまだまだびくついてしまう。
「したい」
 吐息が俺の唇を掠める。
 ねだるように囁きながらも、和臣はそれ以上俺に触ってこない。
 俺が落ち着くのを待っているのか、それとも反応を楽しんでいるところなのか、ちょっと判断に悩む。


Prev

Next

↑Top