6月-2

Prev

Next

 俺in大学の、食堂センターwith見知らぬ男女。
 四人掛けのテーブルに俺、その隣に黒髪女、向かい合うように茶髪女とスキンヘッドが座った。
 結局さっき買ったパックジュースは、取りに戻る雰囲気ではなくそのままだ。
 したがって俺の腹も、大変ひもじい状態になっている。
 いや、ジュースだけでは満たされるわけではないのは重々承知だが、それでもなにも口に出来ないのは辛い。
 場所が食堂ということで、よりいっそういい匂いがするのを耐えながら、俺は三人を順番に盗み見した。
 三人は格好がまちまちである。接点がよくわからない。
 そして俺との接点もわからない。
「さっきは、そこのおバカが驚かせてごめんなさい」
 話し出したのは黒髪だ。
 スキンヘッドは、ぶすっとした表情で顔を逸らしている。
「ほら」
 茶髪がスキンヘッドのわき腹をつついた。
「......おうよ。悪かった。止めるだけのつもりが、倒しちまって」
 男の視線が俺に向けられる。
 う。やっぱり目つき悪い。俺の心臓に悪いから逸らしてくれないかな。
「別に、いい」
 本当は物凄く根に持っているが、それを告げたら逆切れされそうだ。
 こんなときは穏便に済ましてしまうのが一番である。
「なんならこのつるりんハゲ、殴っていいからね!」
 茶髪がぐっとスキンヘッドの首を絞めながら告げてくる。
「ちょ、マジで頚動脈押さえんなボケ!」
 暴れる男をしっかりと押さえつけていた。
 ......この子、力強いのか?
 スキンヘッドが、かなり本気で抵抗しているが、茶髪は難なく抑えている。
 男の顔色が青ざめ始めて、俺は慌てて首を横に振った。
「いい!君が、仇取ってくれた」
「かたき?」
 そうそう俺の仇。
 こっくり頷くと、晴れやかに茶髪が笑った。
 おお、その顔はチャーミング。
 ぎこちなく笑い返すと、俺の隣でパン、と一度手が打ち鳴らされる。
「ありがとう。......それじゃ、本題ね」
 黒髪が言うが早いか、三人揃って立ち上がる。
 そして動揺している俺の前に並ぶと、
「すいませんでした!」
 声を揃えて一斉に頭を下げた。
「.........」
 俺は声も出ない。
 昼食を取っている他の学生の、視線が痛い。痛すぎる。
 なに、なんで俺謝られてんの?
「か、顔上げて。座って」
 注目されるのは嫌いだ。
 おろおろと告げて、説明を待つ。
 が、彼らは椅子に座ることもなく、頭を上げようとしない。
「せ、説明......」
 だれか説明してくれええええ!
 心の訴えが伝わったのか、茶髪が顔を上げた。
 そして首を傾げる。
「もしかして、あたしたちが誰かわかんない?」
 知らん。わからん。誰だお前ら。
 ぶんぶん勢いよく頷くと、三人は互いに顔を見合わせた。
「確かに、わかんないかも」
「あの時しか会ってねぇしな」
「髪型、変わっちゃったしね」
 それじゃあしょうがないよな、みたいなおだやかな雰囲気になる。
 そこのお前ら、俺を抜かして和んでんじゃねえよ。
「せつめい......」
 この俺が二回も同じ単語を口にしたぞ。だから早く言えって。
 そして座れ。目立つ。
「公園で、サンドイッチ勝手に食べてごめんなさい」
「ホント、悪かった。あいつのダチなら、みんなノリいいやつばっかだから許してくれるって、勝手に決め付けてた」
「髪の毛、三人で相談して切ったの。あたしたちの反省の証」
 公園、サンドイッチ。
 俺の手を引いた、コンビニ店員。
 ......の仲間?
 俺はあっけに取られて、三人を見た。
 誰ともなく席に座りなおして、そのあとは沈黙。
 もしかしなくても、俺の反応を待っているのか?
 ちらりと視線を上げると、ガン見されているのがわかる。
「別に、いい」
 さっきと同じように、俺は答えた。
 だって、そうしか答えようがねえじゃん?もう過ぎたことだしさ。
 一ヶ月も前のことだ。
 俺が答えたことによって、目に見えるほどに三人の体から力が抜ける。
「じゃあさ!」
 スキンヘッドが、勢い良く身を乗り出した。
 その勢いにわずかに俺は仰け反る。
「あいつと、仲直りしてやってくんねえ?悪いの俺らだし」
 あいつ?
「ずっと、元気がないの。君が殴って走っていっちゃったあと、すごく泣いて」
「いい年した男が号泣なんて、笑っちゃったけどさ。『せっかく友達になれたのに』って。......でもあの男、あたしたちを責めたりしなくってさ」
「何度も謝ったの、私たち。彼も、もういい。大丈夫だから。って言ってくれたんだけど、物凄く落ち込んだままなのよ」
 三人が畳み掛けるようにして話す。
 それぞれが話すたびに視線を動かす俺は、忙しない。
「だから、俺らは俺らなりに申し訳ないって、気持ちを表して髪を切ったんだ」
 ......ということは、このスキンヘッドはあのときの金髪か?
 よく顔は見なかったからわからないが、世間でよくいうギャル男みたいだった男が今は坊主。
 野郎はべつにいい。だけど。
「君らも?」
 その髪......と女二人に視線を向けると、二人は照れくさそうに笑った。
 茶髪は肩までのウェーブ、黒髪は結構長いストレートだったはずだ。
 それがばっさりと、面影がなくなっている。
 コンビニ店員を殴った余波の広がりように、頬がひくついた。
 俺は、別にこんなことを望んだわけじゃない。
「傷つけたお詫び。もっとも、あいつも、そして君もこんなことを望んでるわけじゃないのは、わかってる。......けどさ」
「私たちの気が、済まなかったから。......仲直りしてあげてください」
 お願いします。と真剣な眼差しに見つめられて、俺は深く息を吐いた。

Prev

Next

↑Top