3月-1

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-3月~閑話~-


※これは、1月中のお話と思ってください。
和臣視点。



 これを幸運と言わずしてなんと言おうか。
 俺はしみじみとその幸せを噛み締めて、視線を下に向けた。
 ともあきさんは黙ったまま湯船に浸かっており、時折ぱしゃぱしゃと水面を叩く仕草をしていた。
 落ち着かないのかもしれない。
 手を動かすともあきさんの表情は、俺からは見えない。
 俺が見えるのは、水を吸って重力に従って落ちた髪の毛と、白いうなじ。
 細い首筋に唇を寄せようと動いて、ともあきさんにびくっと反応される。
 くるっと振り返ったともあきさんと目が合った。
 触るな。
 そう言ってる。......うん。俺もね、だんだんとともあきさんの言いたいこと、わかるようになったよ。
 しかも、すごく不機嫌だ。
 でもさあ、やっぱ、これだけ密着するんなら、ちょっとぐらい触らせてくれてもよくね?

 俺の家の風呂は、2人で入るには狭かった。

 そもそも、俺がともあきさんと一緒に風呂に入るという僥倖にめぐり合ったのは、いくつかの不幸が重なったせいだ。
 休みの日に遊びに来てくれたともあきさん。昼食を取るのに外出しようという話になったが、外は生憎の雨模様になっていた。
 外でピクニックをしようと考えていたともあきさんは、その時点でちょっとつまずいて不機嫌だった。
 ピクニックと言っても、コンビニ弁当を公園の草むらで食うといった、ただその程度のこと。
 でも、ふんふんと鼻歌まで歌っていたので、雲って降り出した雨に余程イラついたみたいだった。
 窓から外を恨めしそうに睨んでいたともあきさんにじゃれ付いたのは俺。
 構って構ってとアピールだ。
 しばらくは俺と遊んでくれていたが、腹の虫がともあきさんをキッチンスペースに駆り立てた。
 ともあきさんが来るようになってから俺のうちは綺麗になったし、食材も置かれるようになった。
 それを使って、ともあきさんは昼ごはんを作ってくれるらしい。
 願ってもないことだ。
 ともあきさんの手料理大好きだし、俺。
 ただちょっと、俺が興奮しすぎてたせいで、更なる不幸をもたらしてしまった。
「ねえ、ともあきさん。ピザ取って食おうよ。そんで、それまで俺と遊んで。......ね?」
 キッチンに立ったともあきさんの腰に背後から手を回し、耳元にキスを落とす。
 身体を密着させると、ともあきさんは少し戸惑ったように見上げてきた。
「駄目」
「ええ!いいじゃん!」
「今作るから、待ってろ」
 どうやらともあきさんは、俺の栄養を考えた料理を作ってくれるらしい。
 パスタをゆでて、野菜を取り出す。
 刻んだ野菜もフライパンで炒め出した。
「ともあきさん。俺ともあきさんが食べたいなあ。ねー、ともあきさんってば」
「邪魔」
 めげずに纏わりついてると、顔をしかめたともあきさんに足を蹴られた。
 ともあきさんは、誰に似たのか結構暴力的だ。
 ......まあ、なんていうか愛のある暴力だからいいんだけど。いいんだけどね?
 でもそっけなくされればされるほど、構いたくなるもので。
「じゃあ5分。5分だけ俺見て、キスして。そしたら大人しく待つからさあ。ね、ともあきさん。キス。キースー」
 最終的に、俺のおねだりはしぶしぶ聞いてくれるともあきさん。
 このときも、少し戸惑いながらともあきさんは視線を動かした。
 俺を見ようとして、でも視線を合わせきれずに逸らす。
 これがまた、本当に可愛いんだ。
 頬は少し赤くなっていて、唇を小さく噛んで。
 離したあとは、噛んだ下唇が少し濡れていた。
「ともあきさんっ」
 その素振りに色気を感じた俺は、早々に理性を飛ばす。
 これはもうお許しが出た。キスしていい!と判断した俺は、がばっとともあきさんに襲い掛かっていた。
「んッ......」
 目を見開いたともあきさん。
 俺の後頭部に、ガンッと鈍い衝撃。

 あれ?

 ぽたぽたと、何かが俺の身体を伝う。それは俺の下に押さえ込んでいた、ともあきさんも汚していた。
「......かずおみッ」
 眉間に皺を寄せたともあきさんに、俺は雷を落とされた。



 俺がしたのは、何かというと。
 ともあきさんは俺の言葉に悩みながら、キッチンの上部の戸棚にあるオリーブオイルを取ろうとしていた。
 今作っているパスタに絡めるつもりだったようだ。それを取ろうとした瞬間に、俺に抱きつかれたともあきさんは、オリーブオイルの瓶を指から滑らせていた。
 それが俺の頭に落ち、その衝撃でコルクの栓が外れ、瓶の中のオイルが俺たち2人に降りかかったのだった。

 ともあきさんが怒るのも当たり前だ。

 怒られながら俺はオリーブオイルで汚れた床を掃除し、その間にともあきさんは料理を完成させていた。
 早速食べるのかと思った俺は「風呂!」と怒鳴られたことによって、2人で入浴タイムとなった。
 2人で一緒に入ったのは、べたつく体が自分も嫌だから俺も嫌だろう、というともあきさんの優しさ。
 身体からオイルを落とした俺は、さっさと出ようしたともあきさんを引きとめ、2人で湯船に浸かることができたわけだ。
 でも、昼ごはんを食べてないともあきさんは、少し短気になっている。
 一緒に入ってはくれたものの、俺は身動きできない状態で、非常に苦しい思いをしていた。
 俺の太ももとか腹とか胸が、ともあきさんの身体と密着しているのだ。
 特に一部が反応してしまうのは、しょうがないと思う。
「ともあきさん」
 意を決して呼ぶと、その声はバスルームに反響した。
 ......。
 反応なしです。やばい。マジ怒ってる。
 分身をいきり立たせてる場合じゃない。
「ごめん。もう気をつけるから......」
 こつんと額をともあきさんの肩にくっ付け、俺は謝る。
「ともあきさんがわがまま聞いてくれるの嬉しくて、俺調子に乗ってた。ホントごめん」
 ぼそぼそと謝る声だけが、広がって消える。
 なんか俺いつもこのことで謝ってる気がするなあ......。
 成長のない自分が、少し憎い。
「これからは、ともあきさんが料理とか掃除とかしてる時は邪魔しないから。俺もちゃんと手伝うし、だから......」
「本当に、反省したか?」
 俺の膝の上で、ともあきさんがもぞもぞと動いた。
「ッ」
 浮力であまり重くないともあきさんが俺の膝の上に乗って、じいっと見上げてくる。
 ぐぐぐ、っと勝手に一部が動きかけた。
 お前!ここで我慢しねえとお預けされるんだよッ!
「もちろん」
 俺は真面目な顔で頷いた。
「邪魔しない?」
「うん。しない。絶対しない。俺、ともあきさんの愛に誓う」
「......誓わなくて、いい」
 うおお可愛いなあともあきさん!
 俺のあけすけな告白に、頬を赤らめるともあきさんは、とっても愛らしい。
 大好きだちくしょう!
「許してくれる?」
 騒ぐ内面を少しも覗かせないように、俺はそっと囁いた。
 ともあきさんは少し目を細めて思案中。
 と。
「......」
 俯いたせいか、より湯船の中が見えたようだ。
 正確には、勃ちかけてる俺の分身がしっかりはっきり、ともあきさんに見られてしまった。
「お前......」
「は、反省してるって!でもしょうがねえじゃん!俺の身体は俺より素直なの!大好きな人と一緒に風呂入れたら、こうなるのは男の摂理だって!!」
 ぎゅうっと抱きついて、俺は切々と訴える。
 意図してではないが、アレを腰に若干押し付けてしまって、俺はともあきさんの雷を覚悟した。
 胸に顔を擦り付けて、ぎゅっと目を閉じる。
「この、ばか」
 ややあって、ともあきさんは呟いて俺の頭を撫でた。
「......許してくれんの?」
 上目遣いに見上げると、ふわっと微笑まれる。

 くああああ!もうねもうね!もうこれは許されたんだと判断していいよな?!俺間違ってないよな!

「ともあきさ」
「お前、それ、どうにかしてから出て来い。俺は、パスタ温める、から」
 抱きつこうとした、というよりむしゃぶりつこうとした俺は、眉間にかなり強めに手刀を入れられた。
「蹴られなかっただけ、マシだろ?」
 ......とっても素敵な笑顔で、言い切られた。
 うそお。マジでー?
 俺が顔を押さえる前で、ともあきさんが風呂から出て行く。
 情けない顔で見送る俺を振り返ることもなかった。
 切ない。
 風呂は一緒に入れたが、なんか切ない。
 はあ......と大きくため息をついた俺は、出て行った際のともあきさんの裸体をオカズに、自分で慰める。

 俺に当てられたともあきさんが、イライラとしながら熱い身体を持て余して、パスタを温め直しているとは気付かなかった。
 その日は、ともあきさんをぴりぴりモードに追いやったことを反省していた。

 知ったのはまた後日。へっへっへー......ベッドの中で聞いた。

 言ってくれればいいのに!と詰った俺に、お前の思う通りになってたまるかと切り替えしたともあきさん。
 あーもう、意地っ張りめ!

 でもそこも好きです。愛してます。


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