小話詰め合わせ-5
-ラヴローション-
今回は幼馴染三人の会話です。
8月過ぎた辺りの、ともあきと和臣が付き合うようになった頃のお話です。
大学にある図書館。ここは夏場でも涼しく、快適なので勉強しにくる学生も多い。
そのとき、俺はたまたまレポートに使う資料を探しに来ていて、カオルを見つけた。
なにやってんだ、あいつ。
なにやら頭を抱えて、悩みこんでいる様子である。その表情は真剣で、深刻そうだ。
「よお」
俺は静かに近づくと手にしていた資料に使う本で、軽くカオルの頭を叩いた。
「怜次」
驚いた顔をして、顔を上げる。
あ、珍しい。化粧してねえ。
普段女性の格好ばかりしている男が、今日は珍しく化粧もせず、格好もカットソーとジーンズとカジュアルだった。
今のこいつを見て、男か女かと言ったら殆どが男と答えることだろう。それだけ雰囲気もいつもと違っていた。
「ずいぶん悩んでんだな。どうした?」
「ちょっと......いろいろショックが大きくて」
額を押さえて、カオルがため息を付く。
「時間あるなら、聞いてくれる?」
「いいぜ。テラス行くか」
俺は図書館のテラスを指差した。そこなら、会話をしても怒られない。
二人で揃って外に出た。
「で、どうした?お前がそんなになんの、珍しいじゃねえか」
若干風の強いテラス。
俺はポケットからタバコを取り出して、吸おうと銜える。
火をつけようとしたところで、タバコが掻っ攫われた。俺が吸うはずだったタバコは、今はカオルの口元にある。
「火」
しょうがないから、俺はそのタバコに火をつけてやった。カオルは深く吸って、紫煙を吐き出す。
髪や服に匂いが付くから嫌、とその昔は俺に禁煙を迫ったくせに、タバコを吸う姿は結構様になっている。
「これ、見て」
カオルはしばらくタバコを堪能した後、俺に小さな紙切れを手渡してきた。
「なに?」
折りたたまれたそれを開いて、読む。
「......」
ローション、コンドーム...等々の文字が、白い紙で踊っている。
思わず俺は、胡乱げな眼差しでカオルを見た。
「それ書いたの、私じゃないわよ」
確かに、良く見ると習字にも通っていたカオルの字にしては、雑で筆記圧も強い。
「じゃあ誰の字だよこれ」
ひらひらと紙を揺らすとカオルがその紙を奪った。
「智昭」
「はあ?先輩が?」
あの地味で小動物のような男が、これを書いてカオルに渡したというのか。
「男とヤるのに、他に必要なものがあるかって」
そう言って、カオルは盛大なため息を落とした。
詳しく聞けば、カオルのケータイに先輩から連絡があったらしい。曰く「相談したいことがある」といった男に、カオルは快諾して相談を乗ったそうだ。
「でね。和臣がどこまでしたいかわかんないけど、覚悟はしておきたい。用意しておくものはこれでいいか......って、あの無口な男が、小さい声だけど私の前で一生懸命に話すのよ」
カオルの手には、本日三本目の俺のタバコが。
このまま行くと、俺の携帯灰皿もすぐに満杯になってしまう。
だが、タバコを吸うカオルの気持ちもなんとなくわかるから止められない。
「自分が気持ちよくなりたいってより、あの分だと和臣に負担をかけたくない、良くなって欲しいって感じだったわ。調べたんだけどわかんなくて。相談する人が私しかいなかった......って。無神経な相談してごめんなさいって」
三本目も早々にすい終わって火を消したカオルが、俺のポケットに手を突っ込み、更にタバコを取り出そうとするから、手を掴んでやめさせる。
「吸い過ぎだぞカオル」
「なによ、ケチ」
ふんと顔を逸らして、カオルが天を仰ぐ。
晴天とまではいかない雲の多い空だ。
「......相思相愛で、羨ましい限りだわ」
俺は黙ってカオルの横顔を見た。
これでもそれなりに付き合いがあるから、下手に慰められるのが嫌いなのは知っている。
「お前が振られたんだ。そうでなきゃ困るだろうが」
カオルが黙って俺を見る。
俺は視線を感じたまま、タバコを出して火をつけた。
にやっと、カオルが笑う。
「智昭に対しては一応詳しく教えてあげたし、一緒に買いに行く予定だから、そんなに不安はないんだけどね。問題は和臣よ」
「は?」
「あいつが、まともにできると思う?今日はそれを知りたくて、呼び出しちゃったわ」
そろそろ来るはずなのよね、とカオルがケータイを出して弄る。
「まともにできる......って男同士でのセックスの話か?あいつ、女とは経験あるしそれなりにテクもあるんじゃねえの?」
「男は女とは違うのよ。最後までやるとなるとなおさらね。......あ、来た」
震えたケータイに、カオルはすぐに電話に出る。
図書館のテラスにいると告げているカオルを横目に、俺は肩を竦めた。
俺は別にあの二人がちゃんと出来ようが出来まいが、どっちもいい。
振られたカオルが元気そうだし、恋人が出来たカズが嬉しそうだから、上手くいけばいいなとは思うだけだ。
「なんだよ薫。急に呼び出して」
着いたカズは、少しばかり不機嫌そうだ。シホも協力しての先輩の拉致後から、カズはカオルに対して警戒心を持っているようだった。
「ちょっと聞きたいことがあってね。......ねえ和臣、男同士で繋がるのに、必要なものってなんだかわかる?」
ローションにコンドーム。
紙切れを見ていた俺は、ぽんと脳裏に浮かんだ。
俺ならいくら好きでも、ケツは出せねえなあ。......まあもし、万が一、シホが望むなら考えるかもしれねえけど。
「必要なもの?」
急な質問に、カズは少し不思議そうな顔をする。
「ええ。いくつでもいいわ。なんだと思う?」
カオルはにこにこ笑って答えを促す。
思案顔になったカズは、腕を組んで考えた。
そして、なにやら想像がついたのか表情が綻ぶ。カズはカオルに対して、自信満々に言い放った。
「愛」
......。
カズの答えに、黙り込む俺たち。
「お前......」
「なんだよ怜次。一番大事なもんだろうが」
俺が気の毒そうな視線を向けると、カズは睨み返してくる。
いや、愛は大事だ。うん。......だけど、なあ?
「智昭が可哀相だわ。こんなヤツのこと、あんなに必死に考えてるなんて」
「なんだそれ?!意味わかんねえぞ?」
「和臣はマグロにでもなってればいいわ。智昭には私が丁寧に教えておいてあげるから」
「はあ?!てめえなに言ってんだ」
ふふふと笑うカオルに、睨みつけるカズ。
掴みかかろうとするカズから逃れて、俺の背に隠れる。俺を巻き込むんじゃねえカオル。
「そこどけ。ハゲ」
「俺はハゲじゃねえよ」
カズ、お前も俺にむやみに喧嘩を売るな。
「今度智昭と買い物に行くのよ私。いいでしょう」
ふふんと笑ったカオルに、カズが毛を逆立てる。
「ともあきさんを脅したのか?!」
「失礼ね、智昭が誘ってきたのよ」
「嘘付くな!」
「なんなら聞いてみたら?智昭頷くわよ」
「......おいてめえら。俺を挟んで会話するんじゃねえ」
呆れていうと、「なんで」と二人同時に返された。
なんでって、なんでって......。
面倒になった俺は、言い合い飛びあう中、黙って突っ立っていた。