9月-3

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 これでめでたしめでたし、で終わればいいんだろうけど、そういうわけにはいかなかった。


 熱烈なヤツの言葉に、俺がにまにましながら家に帰ると、そこにはスーツを着込んだままの兄がいた。
 相変わらず不敵な笑みを浮かべて俺を見下ろしてくる。
「遅いお帰りだなニート」
「......」
 玄関に立つ兄の脇をすり抜けようとすると、腕を捕まれた。
 そのままねじ上げられて、俺は呻き声を漏らす。
 密着した兄に、そのまま締め技をかけられやしないかと、俺は冷や汗たらたらだった。
「明日から」
 兄が俺を見下ろして呟く。
「お前に仕事をやるよ智昭」
 へ。
 俺は思わず兄を見上げていた。
「倉庫での仕分け作業だ、しっかりやれよ。......貯金箱でちまちま稼ぐよりか、マシだろ」
 ぐしゃぐしゃと頭を撫でられる。
 もしかして、ヤツにプレゼントが買える?
 じんわりと嬉しさが広がる。
 思わずぎゅっと兄にしがみ付いていた。
 すぐに引き剥がされたけど、俺の頬は緩みっぱなしだった。
 自分で稼いだ金で、プレゼントが買えるならこんなに良い事はない。
「大好き。ありがと昭宏」
 嬉しさを表現しきれない気持ちを、その一言に乗せて兄に訴えたら「キモい」と一蹴された上に、蹴りまで入れられた。
 ......やっぱり兄は根性が悪い。


 翌日。
 俺は兄が用意してくれた仕事先?の倉庫に向かうと、一人の男性が待っていた。
 会社のロゴの入ったジャケットを羽織っている。
 眼鏡をかけた、温和そうな男性だ。年のころは30歳を過ぎたぐらいだろう。
 倉庫の正門前で、ぼんやりと立っている。
 待ち合わせ時間前には着いたつもりだったが、俺は慌てて走り寄った。
 その男性が、俺をまじまじと見る。
「えっと、君が藤沢智昭くん?」
「はい」
 俺が頭を下げると、男性は眉尻を下げて笑った。
「お兄さんとはずいぶん......似てないんだね」
 二声目が、それだった。
 今日の仕事は、兄の会社の倉庫での仕分けだ。
 無論、これから会う人物は、兄の仕事の関係者となる。
 変な態度を取れば、それがそのまま兄の評価に繋がるかもしれないということに、俺はこの場でようやく気付いた。
 自己紹介を交わして、今日の仕事内容について、詳しい説明を受ける。
 つーか、良く考えてみれば、どれだけの期間働くか聞いてねえな俺。
 俺もアバウト過ぎるが、兄もアバウト過ぎる。
 仕事内容と期間ぐらいは教えてくれたっていいはずだ。
 男性は、石岡さんと言った。
 現場監督みたいな人らしい。俺は派遣社員の人と一緒に作業するらしかった。
 石岡さんはにこにこと人当たりの良い笑顔を浮かべながら、説明をしてくれた。
「要は、良品か不良品かを分ける作業だよ」
 お客さんに納品した部品に不良が見つかったので、納める前の品物も全数検査、するらしい。
「それほど難しい作業じゃないんだけど、なにしろ個数が多いから」
 案内されるままに倉庫に入って、積み上げられたダンボールの脇を抜けていく。
 個数が多いってどんぐらいなんだろう......?
 普段見ることがない場所にきょろきょろと目移りしてしまいながら進むと、石岡さんが作業をしていた女の子に声をかけた。
「栗林さん。追加のスタッフ連れてきたよ。彼、藤沢くん」
「よろしくおねが......」
「1人だけですか?」
 頭を下げようとした俺の前で、鋭い声が飛んだ。
 見れは、少しきつめな表情をした女性が立っている。
 女の人の年齢を推測するのは憚れるが、それでも20代後半に見えた。
 黒い髪を一つに縛り、作業しやすいようなジーンズにTシャツといういでたちだ。
「人員がなかなか確保できなくてね......」
 はははと笑う石岡さんは、なにやら若干引け腰だ。
 眼鏡のブリッジを押し上げながら、困ったような表情である。
「......わかりました」
 不服そうに女性は頷いて、そこの時点でようやく俺を見た。
「栗林です。すぐに作業に入ってもらうから」
 は、はい。
 名前を名乗った女性の気迫に、押され気味になった俺は、がくがくと頷いた。


 見知らぬ人と一緒にする慣れない作業は、物凄く俺にとって大変なものだった。
 一度梱包終わったものを開けて、中から製品を取り出す。
 いくつかの部品が組み合わさったものだが、正直、俺はこれの完成形が何になるのか想像が付かない。
 その取り出した製品の、とある部分に開いている穴が、本来必要な大きさに足りてないらしい。
 串のような金属状の棒が通れば、良品。通らなければ不良品。
 そういう風に分けろと言われた。
 作業しているのは俺を抜けば4人。女性ばかりだ。
 その中でも一番キツいのが、石岡さんに紹介してもらった栗林さんだ。
 もたついていると鋭い声が飛ぶ。
 パワフル過ぎて......俺には怖い。
 彼女含め女性陣の手際の良さは、俺には真似できない。
 だから俺なりに懸命にやっているのだが、彼女からしてみればまだまだらしい。
 ひやりとした眼差しを向けられて、俺は震え上がりながら作業をした。
 家に帰ってきたときには、もうぐったりしていた。
 移動には金をかけないようにチャリだ。倉庫はそれほど近くはないが、一時間ぐらいで着くような距離にある。
 最初は余裕だと思っていたが、作業を終えた後にその一時間を自転車で帰るのも、物凄く苦痛だった。
「おかえりなさい」
 先に帰ってきていた母が、俺をそういって迎えてくれる。
 俺がいつもしていたようにハグをされて、不覚にも泣きそうになってしまった。
 金を稼ぐって......本当に大変な事なんだ。
 俺は改めて理解した。
 出張に出てしまった父は不在で、兄も今日は帰りが遅いらしい。
 母と二人で夕食を取ったが、食べている最中から恐ろしいほどの睡魔に襲われてしょうがなかった。
 慣れない作業に、疲れがピークに達した状態だ。
 でも。
 今日も、コンビニ店員のバイトがある。
 夜まで起きてないと、ヤツに会えない。
 部屋に戻って横になったら時間に起きれない気がして、俺はリビングのソファーでぼんやりしていた。
「トモくん、今日は寝たら?」
 母が心配して声を掛けてくれるが、それには首を横に振る。
 寝たくない。
 ヤツにぎゅってしてもらうんだ俺は。
 こうなったら意地だ。
 ソファーで膝を抱えて丸くなりながら、俺は時間が過ぎるのを待っていた。


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