四陣-2

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 ここでこうして言い争いをしている間にも、しのかの命は削られていく。もしもしのかが命を落すようなことがあれば、俺は自分を許せないだろう。しのかじゃない男に触れられるのが嫌だろうがなんだろうが、その方が早いのなら、俺はなんだってやってやる。

 そのために俺はここに残ったんだ。

「......」
 目を閉じて深く息を吸った。強制的に早くなった鼓動が深呼吸で少し収まる。
 ゆっくりと目を開くと、俺は立ち上がって、出入り口に置かれたままの箱を手に取った。途中、男に投げつけた張り型も拾って箱に戻す。
 俺の動きをただ無言で眺めていた経親に、俺は木箱を突き出した。
「皇子様のお手並み拝見してやろうじゃねえか。下手糞だったら笑ってやる」
 わずかに語尾が震えた。箱を差し出した手も、かすかに震えているのが自分でもわかる。それでも目を反らすことはしなかった。
「悪くない面構えだ。......さあ、這いつくばって足を開け」
 俺から箱を受け取った皇子様は、にやりと口元を歪めるとこともなげに言い放つ。その口調にも腹が立ったが、俺はぎこちなく男に背を向けて、その場に手と膝をついた。
「頭を下げろ」
「ッ」
 後頭部を押されて俺は床板に顔を押し付ける。経親の顔が見えないのならそのほうが好都合だ。絶対顔を見てたら暴れてる。
 つられて下がりそうになった腰は引き上げられて、膝の間隔を開けられた。顔がかっと熱くなる。
 出会ってほとんど間もない相手の前で何をしているんだろうと考えると、脳が沸騰しそうだった。
 その体勢の俺の下肢に、ぱしゃりと冷たい液体が掛けられる。尻の合間を滴るそれは、まるで粗相をしたかのようで気持ち悪い。
「ぁ......」
 普段自分でもろくに触らない場所に、人の指の感覚。ぬるぬると指が滑り、俺の後ろの穴や玉の下をくすぐられる。じわっと浮かび上がる、いやらしい感覚。
 背筋をぞくぞくと駆け上がるのは紛れも無く快感だ。薬が入ってるせいもあるが、男の指は巧みだった。ぬめる液体を絡めた指は、俺の身体から緊張を取り除こうと動く。
 ......態度の割には、その手つきは酷く優しかった。窄まりをマッサージするように動かす。余計な箇所には一切ふれないでくれるのはありがたい。
「くぅ......ふっ」
 無理に開かせない動きに、無意識に肩の力が抜けた。途端に、指が第一関節まで押し込まれて俺は固まる。夢の中で抱きあった時とは違う生々しい圧迫感に、俺はその指をぎゅうっと絞めつけた。
 その反応に、男が微かに笑う。
「やはり生身での性交はないのか。よくまあそれで西埜風と交わろうなどと」
「っせぇな......! さっさと、......っん、やれ、よ......!」
「まあ、その潔さは認めてやろう」
「っぁああっ......!」
 経親に指を押しこまれて声が出た。ジェルのようなものを足しながら根元まで差し入れた指に、俺は浅い呼吸を繰り返した。喘いでいると萎えていたペニスを握られて、俺は大きく身体を跳ねさせた。
「っ、さわる、な......!」
 咄嗟に経親の手に爪を立てる。引っかかれた経親は小さく息を漏らして舌打ちをした。
「俺に触られたくないのなら、少しは中を広げるよう協力しろ。それともしのかの持ち物は、俺の指のように細いものか?」
 覆いかぶさってきた男に囁かれた。わずかに感じる香の薫り。
 しのかと、違う。
 そう思うと、目頭が熱くなるのを止められなかった。意地でも声を漏らさないように歯を食いしばるが、溢れる涙は止まらない。
「......その顔で、泣くな」
 どこか悄然とした声で囁くと、経親は小刻みに指を動かし始めた。指の腹で襞を押され、揉まれる。
 ぐるりと何かを探るように動かした経親の指が、俺の中の、淫猥な部分を刺激した。
「っあ、あ......そこ......や、っやだ......」
「黙れ。時間がないんだ」
 俺が首を横に振ると、大きな手で頭を撫でられた。優しい手つきで俺を慰めながら、容赦無く俺の中を開いていく。
「っあ、ああっ、あっ、あぅ」
 液体を中に塗りこまれていくと指の滑りが良くなった。経親は前立腺を重点に刺激しながら、指の動きを早くしていく。好きでもないやつにしかも男に触られてるってのに、官能のツボを刺激されて、力なくうなだれていたはずの俺のペニスが芯を持ち始めた。
 その節操のなさに更に涙が出た。心のどこかで、この世界で交わる相手はただ一人だと思っていた自分がいて、酷く戸惑う。
「っや、......ぁあ......っく、ぅ.........しの、か......」
 しのか。
 しのか......。
 堪えきれずに漏れる嬌声の合間にしのかを呼ぶと、少しだけ心が軽くなる気がした。しのかのことだって俺は何も知らない。西埜女の弟と聞いても、ピンと来なかった。
 それなのにどうして俺は、あいつのことを思うだけで、こんなに胸が締め付けられて、苦しくて幸せなんだろう。
 どうせあいつに出会わなければ死んでいたかもしれない命だ。しのかのためにだったら、なんだってやってやる。
 俺は甘い声を零しながら、自分自身を握って扱いた。中に入る指をしのかの指だと思えば、更に快感が湧き上がる。
 無意識のうちに腰を揺らしていると、経親の指が二本に増えた。時折指で中を広げるような動きを繰り返しながら、くちゅくちゅと音を立ててかき回される。
 自分で達しないようにと波がくると、強く陰茎を握った。必要に迫られての行為だが、しのか以外の男の手ではイきたくなかった。
 どのぐらいソコを弄られたのか自分ではわからないぐらい、時間が経った頃。
「何本入っているかわかるか」
 経親にそう問われた。俺は弾んだ呼吸のまま力なく首を横に振る。
 塗りつけられた粘液には麻酔効果があったのか、はたまた飲んだ薬のせいか、水音はいやらしく響き渡るが苦しさはあまりない。感覚が少し遠かった。
「三本だ。ずいぶん広がった。......このぐらいでいいだろう」
「っは......あぁあ......」
 呟いた男が指を引き抜き、ほっとしたのもつかの間、指とは違う硬い物が押し込まれる。こりっと前立腺を押し潰されて、俺は床に倒れ込んだ。
 こわごわと手を伸ばしてみると、筒状の物が蕾に突っ込まれている。最初はなんだかわからなかったが、先程見た張り型が頭をかすめた。
 黒い張り型を銜え込んだその部分は押し出そうとするでもなく受け入れている。
「おそらくまあ、あやつのものよりは細いが、ないよりはマシだろう。しのかの元に着いたら自分で引き抜くといい」
「......」
 返事する余裕もない俺に、経親は肩をすくめると一度外に出、着物を手にして戻ってきた。
「俺は外にいる。出来るだけ早く出てこい」
 そう告げると、経親は俺を気遣うこともなくさっさと浴室を出ていった。
「っは......ぁあ」
 さんざん高められた身体を起こすのも一苦労だった。壁によりかかり、掛けられた着物の袖に手を通す。いつまでも休んでいるわけにはいかない。
 力の入らない身体を叱咤しながら立ち上がると、散々なぶられた後孔が張り型を絞めつけて、俺はその感触に身を震わせた。
 呼吸するようにうごめくソコが、突っ込まれたままの張り型を食んでは緩める。
 根元まで押し込まれたおかげで落ちそうな気配はないものの、歩くたびにその存在を深く感じて俺はぎりぎりと歯軋りをした。
「あの、野郎......」
 ふーふーと肩で息をしながら、浴室を出て着物のたもとを合わせると帯で適当に縛った。どうせすぐに脱ぐ。
 経親を恨まなければ、立っていられそうにもなかった。皇子の手管は素晴らしく上手く、喘がされた自分が酷く恥ずかしい。達することはなかったものの後孔を弄られたせいで、ペニスからはとろとろと先走りを零す始末だ。
 薬を飲んだからだ、だからこんなに身体が熱くなってるだけで、あんなやつにやり込められたわけじゃねえ。
 そう考えなければまた感情が高ぶって泣いてしまいそうで、俺は必死に耐えた。
「御使殿?」
 外から呼びかけられる声は経親のもので、俺は大きく息を吐く。
「今出るから待ってろよくそったれ」
 声が震えたがしょうがない。自棄になりながら脱衣所を出ると、すぐ側に立っていた経親が俺を見た。わずかに目を細め、俺の全身を見やる。
 白い着物は濡れて俺の身体に張り付いていた。だが、身体を拭くほど余裕がないのは経親も重々承知だろう。
「これを羽織られよ。そのようなはしたない顔を晒して歩くほど、厚顔ではないだろう」
 精巧な刺繍で彩られた赤い羽織を頭から掛けられて俺はよろめいた。それを支えるように腕を掴まれる。
「うっせえな......死ね」
「品のない御使だ」
 そのまま互いに悪態をつきながら、歩き出した経親にやや引きずられるようにして俺は歩く。どこもかしこも熱くて、床のひんやりとした触感が気持ちいい。
「......っ......ふ、ぅ......」
 熱い吐息が漏れる。もう腰がぐずぐずに溶けていて、薬のせいで半勃ちになったペニスが布に擦れて官能を呼び起こされた。
 そのまま歩かされていくと、どこからともなく祝詞が聞こえてくる。それは幾重にもなった合唱のようで、かなりの人の気配に俺は僅かに怖気づいた。
「おい、どこへ.........」
「ここに、西埜風がいる」
 低く告げた経親は、ゆっくりと襖を開いた。いくつもある部屋の襖を広げ一つの大広間となったそこには、二十人以上の神主と思しき男が、中心の白い布帛の囲いに向かって一心に祝詞を唱えていた。その布帛の周囲と男たちの間には幾重にも結界のように細い注連縄が張り巡らされ、紙垂が垂らされている。
 天井から吊るされた帳の中では、低い唸り声と動く影が見えた。


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