四陣-5

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 雲ひとつない晴れ上がった大空。
 布団に寝かしつけられていた俺は差し込む日差しの強さに目を覚ました。手でひさしを作ってぼんやりしていた俺は部屋の中から見える庭を眺め、遠くから聞こえてくる喧騒に目を細めた。
 俺は、どうしたんだろう......。
「.........ってえええええ!!」
 思考が纏まらないでしばらくそのまま横たわっていた俺は、気を失う前のことを思い出して飛び起きた。途端に身体を貫く鈍い痛み。
 下肢のあらぬ場所と、関節の節々からあがる筋肉痛に、俺は身悶えた。転げ回りたい程の羞恥なのに痛みで動けない。
 起き上がったままの体勢で動きを止めていた俺は、痛みがだいぶ収まってからそろそろと身体の力を抜いて周囲に視線を走らせた。
「ここは......」
『皇居の一室だ。よくおねんねしてたなァ幸彦』
「志那都比古......」
 二十畳ほどの広い部屋の上座に設えた小さな簡易の社があった。閉じられた扉の向こう側では琥珀が瞬いていることだろう。
 にやにやと笑みを含んだ声に、俺は嫌な予感を感じながら志那都比古を見る。
『お前がここに運ばれてからもう二日経ってる。良かったなァ幸彦。ラブラブエッチで西埜風の瘴気が散らせてよォ』
 その一言で全て知られてることを知った俺は、また顔が赤くなるのを感じる。大きな動作は身体が痛くなるせいで、ろくに動けなかった。
「しつっこいんだよ毎回毎回。俺と、俺の巫覡が助かったんだから、別にそれでいいんじゃねえか」
 志那都比古に怒鳴り散らすことも出来ずに俺は小さく呟く。ずっと寝ていたのならこの鈍い頭痛も頷ける。布団から這い出でた俺は、志那都比古の前で胡坐をかいた。
『いやぁね? 俺も最終的にこっちに永住を決めた御使は何人も知ってるけどよ、男同士でまとまったのはお前らが初めてでさァ? ちょっとそのジェネレーションギャップに苦しんでるわ・け』
「嘘付け。なんか凄く楽しんでるじゃねえか。あとお前のその語録はどっから出てくんだよおい」
『んふふ。やぁだ秘密よん』
「ったく......」
 語尾にハートマークを付けられても、声自体は俺の声だから気持ち悪くて受け付けない。鳥肌が立った俺は腕をさすりながら立ち上がろうとするが、すぐさま腰砕けでその場に座り込んでしまった。
 酷使した腰がすっかり抜けている。
 飛んだ記憶の中で覚えていることを思い出すなら、俺はしのかとた箍が外れたように抱き合っていた。
 互いに気を巡らし失った部分を補うことで、より気を高めていったため神通力も満ちて気力も十分だ。神通力を使って身体の不調を消そうとするが、これがなぜか上手くいかない。
「志那都比古、なんか治んないんだけど」
『あん? あァ、治癒は『日本から来る御使』の特権だからな。もうお前は俺様の子供だし、風の能力以外は使えねえよ』
「マジかよ......」
 愕然として違和感を感じる腰を撫でる。身体の筋肉痛もさることながら、酷使した秘部はじんじんと熱を持って未だに何か入り込んでるような違和感を感じる。
 気を失う前のしのかの力強い腕や、生命力溢れた力。他人に身を委ねることへの畏怖と安らぎ。
 胸にいろんなことが去来して、変に高鳴る。深呼吸して整えていると志那都比古が『ぐふふ』と含み笑いを零した。
『いやァお盛んだったな、幸彦』
「黙れっつーの。社燃やすぞ?」
「幸彦、入るぞ。......起きていたのか」
 『んまッなんて怖い子なのかしらッ』と、いったいなんのキャラクターに扮しているのか分からない志那都比古にげっそりしていると、襖が開けられてしのかが入ってきた。
 今まで身につけていた鎧はなく、ただ動きやすそうな服装をしたしのかは俺を見ると表情を綻ばせて近づいてきた。そんなしのかと目があった俺は、喉がごきゅっと変な音を立てた。
 相変わらず凛々しい顔立ちに見惚れる。しのかが不思議そうに俺を見返しているのに気付いて、はっとした俺は身体の向きごと変えて居住まいを正した。だらしなく胡坐をかいていた俺だが、正座になって裾を隠す念の入れように、志那都比古が笑い声を上げた。
『何やってんだ幸彦! ダァリン登場だぞ? こうあっつい抱擁しちゃえばいいのに!』
 ......志那都比古め......。
「幸彦、志那都比古様はなんと言ったんだ」
 しのかの言葉に驚いてちらりとしのかをみると、わずかに当惑したような表情で立っている。日本で使うような英語や和製英語は、世界の違う豊葦原では当然のようにわからない。しのかが言葉を知らないのは当たり前だが、志那都比古の声が聞こえるのは驚いた。
「志那都比古の声が聞こえるのか」
「ああ、お前の声と同じだな」
 こともなげに答えたしのかは俺に手を伸ばしてくる。それに驚いた俺は頬に触れる前に手を払った。それに驚いた表情を浮かべるしのかに少しだけ罪悪感を持ちながら、ぎゅっと自分の身体を抱く。
「幸彦?」
「っ、なんでもねえよ。触るな」
『照れてるんじゃねぇよ幸彦』
「っせぇんだよ少し黙ってろ!!」
「幸彦、まがりなりにも国神様に......」
「うるさい!」
 全てを一蹴して俺は、部屋の端に這った。出来れば部屋を出ていきたいぐらいなんだが、全然身体が動かない。俺の怒鳴り声から切羽詰まったものを感じたのか、志那都比古は押し黙った。そっとしておいてもらいたいのに、しのかは俺を追ってくる。
「来んなッ」
「動けないんだろう、無理をするな」
 壁にへばり付いて息を乱す俺の肩に、しのかが手を伸ばすのを凝りもなく叩き下ろして、俺は身をすくめる。それで諦めてくれればいいのに、しのかは俺の抵抗なんて物ともせずに強引に抱き上げた。
「っ......」
「無茶をして悪かった。お前がここに留まったことを知ったら抑え切れなかった」
 また鈍痛に苛まれる俺を布団まで連れ戻して寝かせると、しのかは優しく俺の頬を撫でた。気恥ずかしさからパニックに陥って逃げようとした俺は、子供のような癇癪を起こしたことで更に居た堪れなくてしのかに背を向ける。だがしのかはその場に腰を下ろしたままだ。
『西埜風、そいつは自分の一生を持ってお前を救ったんだ、大事にしてやれよ』
「はっ、元よりそのつもりでございます。一生、幸彦と添い遂げる所存です」
 しのかの丁寧な口調に驚いた。見ればしのかは上座にある社に身体を向け、両膝をついていた。茶化すわけでもない志那都比古としのかとの間に交わされる言葉に俺は変な動悸が止まらない。
 だからつい、声を張り上げてしまった。
「か、勝手に決めんなよ! だいたい、そ、添い遂げるってなんだ!」
「今更何を言うんだ。......ああ」
 しのかは何を思ったか、俺の元まで戻ってきて手を取った。両手で俺の手を握ると、真摯な眼差しで見つめられる。
「責任を取ることももちろんだが、俺はお前が好きだ。愛してる。だから、俺と夫婦になってくれ」
 めおと......!
 言葉に含まれる響きに俺は言葉もない。頷くことも否定も出来ずに固まっていると、しのかが焦れたように手を引いた。そのまま胸に飛び込んだ俺をしのかは抱きしめる。俺はそこで慌てて抗った。
「お、俺は男だっつーの! 誰が嫁なんかに......!」
『西埜風は夫婦っていっただけで、誰も嫁とか言ってねえぞ。お前十分に嫁になる気じゃねえか』
「うるさ......!」
「幸彦、俺を見ろ」
 志那都比古に視線を向けかけた俺を、しのかが引き戻した。黒い瞳に捉えられて息も出来ない。喘ぐように開いた唇をしのかの唇が覆う。
「っん......」
『わーぉ』
 志那都比古がいるってのに......!
 俺はがむしゃらにしのかの背中を叩いたが、キスはより激しさを増すだけでやめようとしない。酸欠でくらくらする。
 ただでさえ身体を動かすと痛い俺は、必然的にそのまましのかの腕に身を任せていた。
「俺たちは夫婦だ。いいな?」
「......」
 ようやく離した頃にはもうすっかり息が上がってしまい、俺はしのかが何を言ったかさえよくわからないままぼんやりと頷いた。
「よし」
 満足気なしのかに、俺はもう抵抗する気もなくて濡れた唇を指で拭う。口づけで痺れるような官能は身体をくすぶっていたが、今はもうしのかを受け入れるような体力もない。
 しのかも俺を頷かせるためだったのか、それ以上事を起こすわけでもなく俺の腰を抱いている。志那都比古が『ヒューヒュー』とか『あっついねぇお二人さん』とか囃し立てるが、堂々とした面持ちのしのかを見ていると、俺一人で取り満たすのも馬鹿らしかった。
「なぎといはさもいるんだ。落ち着いたら会いに行こう。改めて紹介しておきたい」
「あ、ああ......そう言えば、しのかはなんで都にいたんだ?」
 微笑みかけられた俺は忘れていた疑問を思い出して尋ねると、至極単純な答えが戻ってきた。
「金」
「かね......?」
「ああ、都に大物の物の怪が出没したから、国端にまで散らばっていた退治屋が集められたんだ。俺たちはお前と別れた後に向かった村の物の怪も退治終えて、次が決まってなかったからな。金を出してくれるならとわざわざ都くんだりまで出てきたわけだ」
「そ、そうなんだ......」
 俺を追ってきたと答えろとは言わないが、もう少し運命的な理由があるのかと思っていた俺は、あっさりとしたしのかの答えになんとなく気分が盛り下がる。
 というか、本当にあの時目が合わなかったら、すぐさま助けに飛び込んでくれてなかったかもしれないことに気付いて、俺は今更ながら背筋を凍らせていた。


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