主従の契約-6

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 最近、フェリックスが冷たい。
「ううう......」
 ごろごろごろ。
 ベッドを転げまわって、ラフィタは頬を膨らます。
 ラフィタの世話はフェリックスの役目のはずであったが、近頃は侍女に任せて別の仕事をしている。
 それがラフィタにとって、堪らなく不満だった。
 転がるのをぴたりと止め、ぐしゃぐしゃと髪と羽根を絡ませたままラフィタは宙に足を伸ばす。
 そこには、人を呼ぶためのベルがぶら下がっていた。
 ちりん。
 小さく涼やかな音だが、魔力の波動が屋敷に広がって、人を呼ぶ機能がある。
 ラフィタはじっとドアを見つめた。
「お呼びになりましたか?」
 ドアを開け、入ってきたのは魔力で人化した侍女だ。
 本当であれば、どこにいても入ってくるのはフェリックスのはずだった。
 ラフィタは侍女を見て、くしゃっと顔を歪ませる。
 ぼろぼろと、その瞳から涙が溢れた。
「ラフィタ様!?」
 侍女は慌てて駆け寄って、ハンカチで涙を拭う。
「フェリは、どこ?」
 拭われる合間にも流れ落ちる涙。
 質問を受けた侍女は、少しだけ困ったような表情でラフィタを見つめた。
「庭仕事の手伝いをしているようで......ラフィタ様!」
 その答えを聞いた途端、ラフィタは部屋を飛び出した。
 屋敷のドアは、全てがラフィタのために、軽く触れれば開くようになっている。
 ラフィタは体当たりするようにドアを開けて、庭に飛び出た。
「フェリ!」
 名を呼んで、フェリックスを探した。
 侍女が近づいてくるのを拒絶して、1人で探して彷徨う。
「フェリ、ふぇり......」
 素足で飛び出したために、足は汚れ、絡まった髪のせいで羽根を広げ、飛びながら探すこともできない。
 はあ、とため息をついてぼんやりと前を見る。
 目の前には、咲き乱れる花々。人々の心を歌で癒すラフィタを癒すためにある、屋敷に華やかな庭。
 それが、色あせて見えた。
 とぼとぼと俯きながら歩く。
 気付けば、建物の裏側に足を向けていた。
 そちらは木々が繁り、庭の手入れをするための小屋しかない。
 そこにならフェリックスがいるかもしれないと、ラフィタは足を早めた。
「あ、」
 黒髪の後姿が、背丈ほどの木の向こう側に見えた。
「フェリ!」
 ラフィタは嬉しくなって走り出す。
 名を呼ぶ声に、フェリックスが振り返った。
「ラフィタ様」
「フェリ、呼んだのに、仕事忙し......」
 忙しいの?と尋ねるつもりだったラフィタは、フェリックスのすぐそばに人影がいることに気付いて足を止める。
 ゆらゆらと揺れる金の毛に黒い斑点のある尻尾。
 頭の上部にある耳は、ぴくぴくと動く耳。
 猫族のしなやかな躯体を持つ青年が、親しげにフェリックスの肩に腕を回していた。
「......じゃあ、確かに用件は伝えたから」
「いつもお疲れ様です」
 周囲に向ける柔らかな微笑を浮かべて、フェリックスは青年に頭を下げる。
 青年はラフィタを見てふっと笑った。
「毛だらけの貧相なヒヨコだな」
 そう一言残して、猫族の青年は木々の合間に消えていった。
「このようなところに、どうしていらっしゃったんですか」
 フェリックスはいつものように無表情になってラフィタに問いかける。
「探しに来たんだけど......」
「私を?それは申し訳ありません。ですが、それであれば人を寄越せばよろしかったのに」
 淡々と言い切られ、ラフィタは唇を噛む。
「足も汚されて......毛もそんなにしてしまって」
「えと、また、解いてくれる......?」
 呆れたような声に、ラフィタはおずおずと顔を上げた。
 一瞬だけ、視線が絡む。
 だが、すぐに視線が逸らされた。
 ラフィタは自分の胸がズキンと痛むのを感じて、顔を歪ませる。
「私より器用な侍女がいたでしょう。彼女に頼んでみればどうです?それで、用件はなんでしょうか」
「よ、用件?えと、何もないんだけど......お話、しよ?ね、前みたいに......」
「用もないのに、呼ばないでいただけますか?私も暇ではないので」
 冷たい声がフェリックスから出るたびに、胸がが更に痛んだ。
 ラフィタは強張った笑顔を浮かべて、軽く首を傾げる。
「ぼ、僕より優先することがあるの?フェリの仕事は、僕の世話で......」
「お世話はさせていただいております。ご不満があるのならば、契約のかい」
「不満なんてない!」
 主従の契約の解除。それを切り出されたくないラフィタは声を荒げた。
「不満なんてないから、解除はしない、よ......」
 近づこうとラフィタは一歩踏み出す。
 身近で見上げてもフェリックスは軽く眉を上げただけだ。
「そうですか。......では、仕事に戻ります。お屋敷には、1人で帰れますね」
 そうフェリックスは決め付けるように口にすると、ラフィタに背を向けた。
「や......っ」
 行かないで欲しい。けれど用もないのに止めれば、冷たくあしらわれるだけだ。
「お、おしっこ!」
 ラフィタは咄嗟に口走っていた。
 フェリックスが足を止めて、ラフィタを見る。
「おしっこ、したい、から......手伝って」
 か細くなる声。
 顔を見ることが出来ずに俯く。
 しばらくして、人が近づいてくる気配があった。
 俯いたラフィタの目には、フェリックスの靴が見える。
「失礼します」
「え?い、や......!」
 フェリックスはしゃがみ込むと、ラフィタの緩いズボンを引き下げて脱がした。
 外で下半身を晒すことになったラフィタは、驚いて目を見開く。
「こ、こんなとこじゃ......」
 抱き上げられて下半身の服を全て脱がされる。
 上半身の服もたくし上げられた。
「言ったでしょう。私も暇ではないんです。ここでしてください」
 硬質な声で素気無く告げて、背後から抱き上げて足を広げさせる。
 性器だけではなく、その奥まで明かされるように晒された。
 風が吹いて、ラフィタは背を震わせる。
「ほら、どうぞ」
「ふぇりぃ......おねが、やだ......っ」
「早く出さなければ、誰かに見られてしまうかも」
 耳元で囁かれて、ラフィタはぎゅっと目を閉じた。
 しゅああ......。
 薄く色づいた水が、風に吹かれて飛び散る。
 ラフィタはフェリックスの首元に顔を埋めて縋った。
 しばらくして音が止まる。
 音が止まっても、二人とも動かなかった。
「貴方は」
「ん、や、言わないで!」
 ラフィタはフェリックスの視線が自分の下半身に注がれているのがわかった。
 どうしても、彼に触られているというだけで反応してしまう。
「恥ずかしがらなくて良いんですよ。欲求が溜まったらお呼びください。排泄を理由にせずとも」
「そんなわけじゃ......っひゃ!」
 小さな芯の根元の果実を指で揉まれ、びくっと身体が跳ねる。
「エミリオ様ではなく、私の手では不満でしょうが」
「な、んで、エミリオが......」
 弾む呼吸の中でも、ラフィタはフェリックスの呟きのような声を聞き逃さなかった。
「お似合いだと思いますよ。ご新居も、いつもお会いになる際のように、お二人水入らずでお過ごしになるんですか?」
「ちが、エミリオは兄で、」
 くちゅくちゅと先走りが水音を立て、更に優しく激しく扱かれる。
「ぁう!や、ん!あ、あ!こ、声、出る......っ」
 口付けをねだるように、ラフィタはフェリックスを見上げた。
 甘えるように、頭をフェリックスの胸板に擦り付ける。
「出ちゃ、あっ、フェリ......!」
「......貴方の声など、嗄れてしまえばいいのに」
 冷ややかな眼差し。
 暗い明かりを灯す黒い瞳に射抜かれて、ラフィタは身体を強張らせる。
「ふぇ、り......?」
「耳障りだ。ほら、早くイってください。いつまでも聞いていたくはない」
「......!」
 ぎゅっと、ラフィタは唇を噛んだ。
 声を漏らすまいと、必死で我慢しながら高みに押し上げられる。
「んん......っ!!」
 唇を噛み切り、じわっと広がる血の味を感じながら、ラフィタはフェリックスの手に精を吐き出した。
 はあはあと、身体を大きく上下させて呼吸を繰り返す。
 そんなラフィタを眺めながら、フェリックスはいつもと変わらず、無表情でラフィタに服を着せていく。
「こえ......」
 されるままになりながら、ラフィタは呟く。
「声、出なく、なったら......好きになって、くれる......?」
「貴方の価値は、声だけでしょう。1人の下僕の戯言などお聞き流して。......さあ、用事が済んだのならお屋敷にお戻りください」
 服装を綺麗に正し、膝をついていたフェリックスは土を払って立ち上がる。
「フェリ!」
 触れ合っていた体温が遠ざかった。
 抱きしめることが出来ない自分を歯がゆく思いながら、ラフィタはフェリックスに身を寄せた。
 だが。
「貴方に名を呼ばれるのも、本当は嫌なんです。でも、契約ですから仕方ないですよね」
「......!」
 ぽろっと赤い瞳から涙が零れ落ちる。
 フェリックスはそれを眺めながら、一歩下がった。
「失礼致します」
 一礼すると、フェリックスは振り返らずに立ち去る。
 ラフィタは立ちすくんだまま、動けなかった。


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