主従の契約-7

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 主であるラフィタの楽しげな歌声が響くことも多い屋敷は、ひっそりとしていた。
 外に出ることなく屋敷に閉じこもったままのラフィタに、使用人たちはどうしたのかと不安そうに様子を伺う。
 ただ1人、フェリックスのみがいつものように仕事をこなしていた。
 舞い込む歌の依頼を体調不良を理由に断り、ラフィタはあの日から一切歌わなくなっていた。
「失礼致します」
 フェリックスが、ドアを開けてラフィタの部屋に入る。
 ラフィタは窓際の椅子に腰掛け、ただぼんやりと窓の外を見ていた。
「お食事の用意ができました」
 声を掛けられて、ラフィタはフェリックスを見て嬉しそうに微笑む。
 ぴょんと椅子から降り、フェリックスの回りをくるりと回った。
 そして促されるままに移動する。
 広い食卓には、ラフィタ1人きりだった。
 隣に座ったフェリックスが、口に料理を運ぶが、彼自身は一緒に食事を取ることはない。
 雛鳥のように、口を開けてフェリックスの食べさせてくれる料理を待つ。
 ラフィタはフェリックスと視線が合うたびに笑顔を見せた。
 しかし、フェリックスは無表情のままだ。
 諦めたようにラフィタは目を伏せると、差し出された一口サイズの料理を拒むように首を横に振った。
「もう召し上がらないのですか?」
 問いかけに軽く頷き、椅子から飛び降りてしまう。
 その様子にフェリックスは軽く目を細めた。
「最近お食事の量が減っておりますよ。それでは本当に体調を悪くしてしまいます」
「歌わないからお腹も空かないんだ」
 ぼそぼそと低い声で答えるラフィタ。
 普段の元気な姿は見る影もない。
 フェリックスは深くため息をついた。
「では、お部屋にお戻りになりますか?」
 椅子から立ち上がり、自分に近づいてくるフェリックスにラフィタは慌てて首を横に振る。
「1人で戻れる」
 そう小さく答えると、フェリックスを見ずに部屋を出た。
 とぼとぼと1人で廊下を歩く。
 そんなラフィタに、侍女が駆け寄って心配そうに声をかける。
「ラフィタ様、お庭を散歩されてはいかがでしょう?」
「今なら茎の長い花もたくさん咲いております。私、花の王冠を作りますわ」
「ありがとう。......でも、そんな気分じゃないんだ」
 少しだけ浮かべる儚げな笑み。
 満面の微笑みを期待していた侍女らは、主の落ち込んだ様子につられて悲しげな表情になる。
「1人になりたいから」
 そう言ってラフィタは1人、部屋に戻った。
 自室では、また窓際の椅子に座る。
 なにも考えたくなくて寝てしまおうかとも考えたラフィタだが、昼間から寝れるわけもない。
 またごろごろと転がって髪の毛と羽根を絡ませ、フェリックスの手を患わせたくなかった。
 静かに大人しくしていれば、少しは好きになってもらえるだろうか。
 ラフィタは窓から風に揺られる花々を眺めながら、そんなことを考えていた。



 夜になり、フェリックスが喉を保護するための水と、蒸気石を持ってくる。
 その時には、ラフィタはベッドに寝転がり、自分で布団の中に潜っていた。
 今までは、フェリックスに寝物語をせがんだり、時には自ら子守唄を歌ったりと就寝の時間までを楽しんでいた。
 しかし、最近はそれさえもない。
 ラフィタは自ら声を掛けて、更に嫌われる要素を作りたくなかった。
「こちらに置きます」
 サイドテーブルにトレイを乗せ、フェリックスは水に石を落とす。
 こぽこぽと蒸気を溢れ出させた石を確認すると、フェリックスはラフィタの潜る布団を見つめた。
 一度手を伸ばし、その塊に触れる寸前で、思いとどまったように手を引く。
 ぎゅ、と拳を握るとフェリックスはその場で一礼をした。
「失礼致します」
 フェリックスは静かに部屋を出て行った。
「......ぷは」
 息苦しい布団の中から顔を出し、フェリックスの出て行ったドアを見つめる。
 傍に居たいのに、居たくない。
 ラフィタはそんなジレンマを抱えていた。
「歌わないの?あんたよくノーテンキそうに歌ってたじゃないか。まあハーピー系ってみんなそうだよな」
 ため息をついてぼんやりとしていると、不意に見知らぬ声が部屋に響く。
「誰」
 ラフィタは眉をひそめて問いかけた。
「こんばんわ。鳥の歌姫。......歌姫って程、可愛くないけど」
 笑いを含んだ声。それは天井の方から聞こえる。
 就寝のため、明かりを抑えられた室内では、鳥目のラフィタには姿を確認することは出来ない。
 ラフィタは警戒するように羽根を広げる。
 それに呼応するように、密室のはずの部屋に気流が生まれた。
 『神歌』の操る特殊な『風』は、誰よりも強力だ。呪文も必要ない分、危害を加えようとする者にはすぐさま反撃できる。
「待って。......フェリックスに好かれる方法を知りたくない?」
「な、に?」
 不意に告げられた台詞に、『風』がぴたりと止まる。
「簡単なことさ。歌を歌わないんじゃなく、歌えなくなってしまえばいい」
 その声は、ラフィタのすぐ傍で聞こえた。
 まったく気配を感じさせずに近づかれたことに、ラフィタは身を硬くする。
 だが、近づかれたことで、声の持ち主を薄っすらとだが確認することができた。
「君、猫族の......」
「鳥は高いところが好きだね。僕らも好きだけど、こんな呼吸のしずらいところには長居はしたくないよ」
 尻尾をゆらゆらと揺らしているのは、いつぞや、フェリックスと会話をしていた猫の青年だった。
 ラフィタが自分のことに気付いたのがわかると、青年は人好きのする笑顔を浮かべる。
「声を出なくする薬があるよ。フェリックスが持ってる」
「フェリ、が......?」
 ラフィタは大きく目を見開く。
 言われている意味がわからない。理解したくないと、脳が青年の言葉を拒む。
 だが、猫族の青年はにこにこと笑いながら続けた。
「彼は君に使うつもりだったんだ。よっぽど、君の歌が癇に障るんだね」
「そ、んな......」
 愕然とするラフィタに、青年は畳み掛ける。
「彼の部屋に、その薬はあるよ。親指ほどの小さな瓶に入った、赤紫色の液体だ。今は君が歌わないから使う気がないみたいだけど、それを飲んで声を枯らしてしまえば......彼は君を好きになってくれるかも、ね」
 暗がりで見える。猫の丸い瞳。
 その瞳を見つめて、ラフィタはごく、と喉を鳴らした。


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