花嫁の歌声-3

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 森の中で身軽に飛び跳ねていくパブロ。
 カツ、と羊の蹄が石を弾いて行く。
 ある程度前に進んだところで、パブロは後ろを振り返った。
「あて!......ぅわ!」
 背後から付いてきたラフィタが、木の根っこに足を取られて転がる。
 髪には枝や、木の葉を纏わり付かせていた。
「おっまえどんくさいなあ!」
 呆れたように呟いたパブロは、それでも両腕のないラフィタのために戻って抱き起こす。
「いてて......パブロみたいに、上手に飛び跳ねたりできないよ僕」
「しょうがねえな、お前鳥だもんな」
 不満そうに告げるラフィタに、パブロは嬉しそうな表情になる。
 村では一番年下で、頼られることより頼ることの方が多いパブロは、ラフィタの世話ができることが嬉しいのだ。
「ほら。おんぶしてやる」
「え、でもいつも悪い......」
 戸惑うような仕草を見せるラフィタに、パブロはへんっと鼻で笑う。
「早く秘密基地つかねえと、昼戻れないぜ。家で飯食うんだろ?」
 ラフィタが戸惑っていると、パブロはそう催促した。
「う、うん」
 自分より少しだけ大きな少年の背中に寄りかかると、羽根を手の代わりにふわりと前に回した。
「くすぐってえ。ふわふわしてきもちいーよな、お前の羽根」
「そうかな?」
 歌声は褒められることはあっても、他の部分は一切無視されていたラフィタ。
 友達の純粋な褒め言葉に、嬉しくて少しだけ頬を赤らめる。
「よっと。行くぜ!」
 足を持って持ち上げられた。ラフィタがバランスを崩さないように、パブロは前傾姿勢だ。
 地面を蹴って走り出す。
 羊の足を持つパブロは、山道をすいすいと走り抜けた。
 秘密基地は、広大な森の外れにあった。
 木々の生い茂る森の中で、ぽっかりと広がる草原。
 その中央には大きな木が一本立っていた。
 そこの根元に、パブロは秘密基地と称し、木々やツタ、こっそり家から持ってきた布などを張り合わせて小さなっ小屋を作っていた。
 一緒に遊べるラフィタが来てからは、秘密基地の頭上の木に、物見台を設置中である。
 羊の足では山道を上り下りは出来ても、木をよじ登るには不向きだった。
 その点、短時間だが空を飛ぶことの出来るラフィタがいれば、上に上るためのはしごを固定することが出来るし、材料も一緒に運べる。
 パブロにとってラフィタはいい相棒になりつつあった。
 一方のラフィタにとっても、パブロはとても良い相手だった。
 今までにない楽しさを教えてもらう意味でもとても助かっているし、なにより、家では何もせずに座っているだけのような存在の自分が、ここではちゃんと出来ることがあるというのが、ラフィタにとって喜ばしい。
 2人は秘密基地にたどり着くと、木に登り物見台の床の部分を作り始めた。
 子供の遊びとはいえ、その作りは丁寧で本格的だ。
 すでに土台の一部となる枠組みが出来ていて、その上に木の板を並べていく。
 並べるのはラフィタがやり、パブロは板が動いて外れないように固定していった。
 作業中は2人とも真剣だ。黙々と会話もせずに真面目に組んでいく。
 木の枝には青々とした葉が生い茂り、暑い日差しから2人を守っていた。
 不意に、涼しい風が吹きぬけていく。
 風の精たちが、ラフィタの髪や羽根を優しく撫で、空へと吹き上がっていった。
 それにつられて、ラフィタは空を見上げる。
「......」
 そこには青に溶け込むようなかすむ浮島があるのが見えた。
 小さく見えるのは、遠いところにあるせいだ。見えている島は、鳥族の城がある一番大きな島だろうとラフィタはひっそりと考える。
 ラフィタが住んでいた小さな島は、どれだけ目を凝らしても見えなかった。
「戻りたいか?」
 作業の手を止めて空を見上げるラフィタに気付いたパブロは、そう問いかける。
 ラフィタは浮島から視線を外すと、パブロに視線を向けながら首を横に振った。
「ううん。僕、覚悟を決めて飛び出してきたから」
「駆け落ちなんだっけ?」
「うんっ」
 嬉しそうに笑うラフィタに、後悔の色はない。
 本当は『駆け落ち』などという可愛いものではなかったが、自殺したとは言えないラフィタは、友達にそう伝えていた。
 これは駆け落ち。幸福な将来は僕とフェリのもの。とラフィタは明るい未来を想像して、よりいっそう幸せそうに笑う。
 そんなラフィタを眩しそうに見たパブロは、少し迷いながら口を開いた。
「あ、あのさっ......契約してるんだろ。フェリックスと、その、......えーと」
 もじもじと、指と指を付き合わせるパブロ。
 落ち着きなく視線を彷徨わせる。
 いつもさばさばして明るい友人の様子に、ラフィタは首を傾げた。
「?『花嫁の契約』なら、してるよ」
 そう答えても、パブロの態度は変わらない。
 どうしたのだろうと様子を見ていると、少し赤くなったパブロは、意を決したように口を開いた。
「契約の証......見せてくれねえ?」
「いーよ!」
 あっさりと頷くラフィタに、パブロは安堵したような表情になる。
「僕のは胸の上にあるから、捲って」
 パブロに近づいて、ぺたんと出来たばかりの床に座り込むラフィタ。
「へ?」
 きょとんとしたパブロは聞き返す。
「僕、手がないから。本当なら右手の薬指に、伴侶の名前が指輪みたいに浮かぶんだけど」
「へ、へえ......」
 花嫁の契約について、詳しく知らなかったパブロは、こわごわラフィタの着ているワンピースの裾をたくし上げた。
 露になる幼い胸板。
 心臓の真上に、小さく刻まれたそっけない黒い文字の名前を、パブロはじっと見つめた。
「いいでしょ」
 えへへと嬉しそうに笑うラフィタ。
「うん。......触ってみても、いい?」
「いーよ」
 尖った爪のあるパブロは、その爪で柔らかい皮膚を傷つけないように、そっと撫でた。
 契約の証は、肌には傷もなく刺青のように刻まれている。
「これ、ついた時、痛かった?」
「え......あー......っと」
 真面目に問われて、ラフィタは少し赤くなる。
 証が付いた場所より、行為での局部の痛いがあったが、それは言い難い。
 まあ痛みもあったけど気持ちよかったし、嬉しかったからいいっか、とあっさり思い直して口を開いた。
「痛かったけど、嬉しかったよ」
「そっかあ......ありがと」
 服を元に戻したパブロは、ほう、と息を吐いて自分の契約の証が刻まれるだろう右手の薬指を、手で押さえた。
 その表情は、まるで夢見心地のものだ。
 パブロの様子に、ラフィタはぴんときた。
 にやっと、少しだけ意地悪く笑って、パブロににじり寄る。
「もしかして......誰か好きな人、いるの?」
「え、えええ!」
 図星を指されたパブロは、湯気を出さんばかりに赤くなった。
「ち、違うよあんなデカイ狼......!」
 咄嗟に出た言葉に、パブロはハッとして口を手で塞ぐ。
 与えられたヒントから、答えを悟ったラフィタは更に嬉しそうに笑った。
「へー狼ってことは......パブロがいつも話してる、ディエゴさん?」
「ギャーギャーギャー!!言うなッ!!」
 真っ赤になったパブロは、自分の口から手を離し、ラフィタの口を塞ぐ。
「ふぐっ?!」
 塞がれたラフィタはそのまま床に押し倒されてしまう。
 ガコン。
 その衝撃で、2人がまだ固定させていない床の一部が外れた。
 そのせいで開いた穴は、けして小さくない。
 だが動揺したパブロも、口と鼻を塞がれて呼吸困難に陥っているラフィタも気付かなかった。
「だって、だってあいつ!俺みたいなチビなんか、いっつも適当にあしら」
 バキバキバキ。
 一部に負担がかかった木の板は、あっさりと割れて下に落ちていく。
 それは、じゃれていた2人もだった。
「!」
「うわっ」
 バランスを崩し、空いた穴からまっさかさまに2人は落ちていく。
 本能かラフィタを守るようにぎゅうっと抱きつくパブロに対し、ラフィタは鋭い視線を宙に向けた。
『風よ』
 魔力の含まれる声音が、周囲に響く。
 途端に強風が吹き荒れて、2人の身体はその風に助けられて落下速を緩め、ふわりと地面に降り立った。
「っあーびびったあ......」
 体中に草を纏ったパブロが、緊張を解いて身体の力を抜く。
「......ラフィタ、さんきゅ」
「ううん......あんなとこで、暴れちゃ駄目だね......」
 2人はぴたっとくっ付いたまま、木を見上げる。
 折角組んだ床は、ぽっかりと丸を空けていた。
「あーあ......午前中の作業がぱあだよ」
 穴を見て、ため息をつくパブロ。
「ごめん......」
 照れるパブロが可愛くて、からかうような真似をしたラフィタも、肩を落として謝る。
 そんなラフィタに、パブロは慌てて首を横に振った。
「気にすんなって!それよりそろそろ昼だから、戻ろうぜ」
 立ち上がってぱんぱんと服に付いた草を払うパブロ。
 1人で立ち上がったラフィタの身体についていた草も、同じようにして払った。
「ほら」
 きた時と同じように、パブロはラフィタに背を向けて屈む。
「うん。いつもごめんね......僕1人で戻れればいいんだけど」
 長時間は飛ぶことが出来ないラフィタは、いつも遊び場に連れてきてもらい、そして家まで送り届けられて、申し訳ない気持ちになった。
 パブロに寄りかかりながらラフィタが謝る。
「お前森歩くの慣れてねえから、今だけ特別だ!」
 喜べ、と負担にならないように言ってくれるパブロに、ラフィタははにかんで笑う。
「ありがとう」
 感謝の気持ちを素直に口にしたラフィタに、パブロもよし!と言って笑う。
 長年の親友のようにすっかり打ち解けた2人は、楽しげに話をしながら、家路に着いた。


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