花嫁の歌声-4
ラフィタとパブロが家に着くのと丁度同じ時間に、フェリックスも戻ってきていた。
「フェリ!」
家に入ろうとしていたフェリックスに、ラフィタは声をかける。
振り返ってラフィタを見たフェリックスは、柔らかな笑みを浮かべた。
「外出されていらっしゃったんですか」
「うん!秘密基地作りに行ってたんだ~!」
パブロに背負われていたラフィタは下ろしてもらうと、ととと、とフェリックスに駆け寄る。
「それはよかったですね」
無邪気にはしゃぐラフィタの髪についていた木の葉を取ると、フェリックスはパブロを見つめる。
「君はどうします?今日は食べていきますか」
「んー......今日はいいや!俺も家に帰るから。ラフィタ、また後でな!」
「うん!」
軽やかに走っていくパブロを見送り、ラフィタとフェリックスは家に入る。
早速手を洗い、昼食を用意していくフェリックスに、ラフィタは纏わり付いて見上げた。
「フェリ、僕自分でご飯食べるからさ、一緒に食べようよ」
「また、口周りを汚されますよ」
「大丈夫!僕洗濯もちゃんとやるからさ。ね、ね?フェリックスと一緒にご飯食べたい~!」
ぴよぴよと2人きりのランチタイムをねだるラフィタ。
だがフェリックスは軽く首を横に振ると、ラフィタを抱き上げて椅子に座らせた。
「私がやりますから」
そう告げるとフェリックスは背を向けて、キッチンでスープを用意し始めた。
「......」
ぷくっとラフィタは頬を膨らませて、フェリックスの後姿を眺める。
痩せたなぁ。とラフィタはひっそりと考えた。
フェリックスは、どうやら『空』にいた頃のような生活を、ラフィタにさせたがっている節がある。
『神歌』と呼ばれたラフィタの生活は、優雅な鳥族の中でもかなりの高水準だ。
今は何も持たない2人きりの生活だというのに、このままではフェリックスに負担ばかりがかかってしまう。
「お待たせしました」
白い湯気を立てるコーンスープに、バスケットの中から取り出したサンドイッチ。
一口サイズに指でちぎり、フェリックスはラフィタに差し出す。
「ねー......フェリックスは食べないの?」
もぐもぐと食べさせてもらっては口を開きながら、ラフィタはフェリックスを見つめた。
「仕事場で食べましたから」
そう言い切られてしまうと、ラフィタはなんとも言いがたい。
「ホント?」
「ええ」
......フェリックスは素知らぬ顔で、嘘をつく。
そんな白い顔で、痩せた身体で、きちんとした食事が取れているようにも思えない。
「僕、なんか調子悪い~。もういらない。フェリ食べて」
具合など、少しも悪くないラフィタは、フェリックスに食事を取らせるためにそんな嘘をついた。
僕だって嘘付かれたんだもん嘘付いたっていいよね、と心の中で言い訳をしながら。
「大丈夫ですか?」
急なラフィタの言葉に、フェリックスは慌てた様子でラフィタの額に額をあわせる。
間近に黒の麗人の整った顔があることに、ラフィタの鼓動が高鳴った。
「......なに、してるの?」
「人はこうして熱を測るんです。私にもよく乳母が......いえ、熱はなさそうですね」
体温がいつもと変わらないことに安堵したフェリックスは、それでも大事を取ってベッドを整える。
「さ、悪くなってはいけませんから、休んでください」
「うん。でも、もったいないからサンドイッチ、フェリ食べてよ」
ベッドに促されながら、ラフィタはそう訴える。
「少し横になったら、お腹空くかもしれないでしょう。その時に食べ物がなかったら困りますから」
「う......」
思惑が外れたことに、ラフィタは唇を尖らせる。
ベッドにラフィタを座らせたフェリックスは、「失礼」と声をかけて、そっとラフィタの腹を撫でた。
「あっ......」
くぅ、とヘソの下辺りを手の平で押されて、ラフィタが声を上げる。
今はまったく意識していなかった生理現象が、フェリックスの行為によって露にされて、ラフィタは頬を赤らめた。
「お休みになる前に、出しておきますか。......私ももうすぐ戻らなくてはなりませんし」
「え、あ......ぅん」
ラフィタが俯きがちに頷くと、フェリックスはベッドの脇の戸棚から、細い透明な尿瓶を取り出した。
ぺろっとラフィタの服をたくし上げ、下着を脱がしてしまうとフェリックスはラフィタを自分の膝に乗せる。
慣れた手つきでラフィタの足を大きく拡げさせると、尿瓶の先を押し当てた。
すっぽりと尿瓶に先端を押し込まれて、ラフィタはフェリを見上げる。
未だに、これだ。
恥ずかしい。
家にはきちんとトイレもあるが、そこは狭いし手を貸しにくいと言われて、ラフィタは使わせてもらったことは一度もない。
常に、部屋のベッドで、こうしてフェリックスの手を借りていた。
「ほら、しーしていいんですよ」
「ばか!」
耳元で囁かれたラフィタは、羞恥に羽根をバタつかせる。
「危ない。駄目ですよ傷ついてしまう」
「......ぅあ......ッん」
諌めるような声とともに、羽根の付け根を指先で揉みこまれた。
そこはラフィタのウィークポイントで、刺激されると身体の力が抜けて、とても敏感になってしまう。
こてんと胸に寄り添うと、いつもよりフェリックスの匂いが強く感じられた。
幸福を感じながら、ラフィタは目を閉じる。
「あ、ああ......や、でる......う」
ラフィタが震える声で告げると、小さな水音が、部屋に響いた。
最初は勢いよく。やがて、緩やかになり、音が止まるとフェリックスはゆっくりと尿瓶を引き抜いた。
ちゃぷんという音に、羞恥が掻きたてられる。
また、それ以上に緩く反応してしまった自分の身体が、ラフィタは嫌でしょうがなかった。
「ふぇりぃ......」
甘えるように見上げると、フェリックスは優しくラフィタの頭を撫でた。
「具合が悪いのに、無理はさせられませんから、今日はしません。......それと」
「え......?」
フェリックスはラフィタをベッドに横たえると、一度離れて戻ってくる。
その手に持たれたものに、ラフィタはぎくりと身体を固まらせた。
「え、フェリ、それ」
「パブロが来たら遊べないと断ってくださいね。催してもいいようにしていきますから」
「だ、大丈夫!僕頑張って自分でするから!」
嫌々とラフィタはベッドをずり上がる。
その足をフェリックスは掴んで引き寄せた。
「貴方が怪我でもしたら困ります。私が傍にいれればよいのですが......」
ふ、と息を吐いて、物悲しげな表情をフェリックスがするものだから。
「えと、あの、わかった......よ。僕......おむつ......する、から......」
そう。
フェリックスが持ってきたのは、布おむつだった。
ラフィタも物心付いてからは、一度として使用したことのないものだ。
だが地上に降り立ってから、どこから持ってきたのか、フェリックスはラフィタにそれを着けるように薦めるようになった。
一度、いないときに漏らしてしまったからかもしれない。
でもあれはしょうがない。便器の蓋が上げられなかったから......と何度も心の中で呟いた言い訳を、今もまたラフィタは呟いていた。
昔からのことだが、ラフィタが自身の排尿現象に気付くのは、他の人よりも遅い。
「そうですか。聞いてくださってありがとうございます」
微笑んだフェリックスが、テキパキとラフィタにおむつをつけていく。
「ふぇり......早く、帰ってきてね......」
服を元に戻され、ベッドに寝かされたラフィタはか細い声で訴えた。
出来るならば、漏らしたくない。それがラフィタの心情だ。
が。
「ええ。出来るだけ急ぎます」
優しい手つきでラフィタの頬を撫でたフェリックスは、どこか、そうどこか少しだけ、ラフィタの嫌がることを望んでいるような気がする。
だって、でなきゃ、あんな楽しそうにおむつ換えしないし......とラフィタは、フェリックスを恨めしそうな眼差しで見つめた。
「では、そろそろ戻ります。サンドイッチ、お腹すいたら食べてくださいね」
そばにいれなくてすいませんと、フェリックスは名残惜しそうに家を出て行った。
「ッうー......」
午後の排泄は、一緒に遊ぶパブロの手を借りることが多かったが、また彼におむつ姿を見せたことはない。
見せたくない。なんか、恥ずかしい。
髪と羽根が絡まるのも構わずに、ラフィタはベッドの上で転がった。
フェリックスのために嘘をついたのに、食事を取らせることが出来なかったどころか、嫌な制限までついてしまった。
「もう、フェリのばかあ」
アホ。おたんこなす。ばか。アホ。おたんこなす。
ラフィタの語録はそうそう多くない。
フェリックスが戻ってくるまで、あと、約6時間。
エンドレスで罵りながら、ラフィタはため息をついた。