そのよん-4

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 焼肉木村亭は、春樹の住んでいる街では有名な食べ放題をしている焼肉屋だ。
 焼肉はもとより、サラダバーや寿司、はてまてデザートやフルーツまでもが食べ放題である。
 その分料金も若干高く設定されてはいるが、それでも安いと思わせるような盛り沢山の内容に、カップルから家族連れまで大人気の店のお店だった。
「......」
 目の前の鉄板上には、所狭しと肉が並べられ、ジュウウという音と供に美味しそうな匂いが漂う。
 春樹はそれをしばし見つめて、視線を右側に向けた。
 隣には仏頂面で座る博也がいる。親の仇のような眼差しで、じっと焼ける肉を睨んでいた。
 次に、前に視線を向ける。こちらは打って変わって楽しそうに肉を焼く山浦の姿があった。
 適度に焼いてはひっくり返して、自分の皿にとりわけていく。
「いただきまーす」
 ぱんと手を合わせて、山浦が肉を食べ出した。
 その手元付近にはちゃっかり白ご飯があった。
 食べていく山浦に釣られてか、無言のままの博也も肉に箸を付けていく。
「......」
 湯気立つ肉を眺めながら、春樹は困惑した。

 どうして俺は、こんなところにいるんだろうか。

 昼間倒れて、保健室で休ませてももらった。途中博也と山浦が来た。
 博也は自分の上に乗っかり、胸倉を掴んだり殴ったりと暴力を振るった。
 山浦はそれを止めつつも、なんだか呆れた様子だった。
 授業後には博也に連れられて、母も入院している博也の一族が経営している総合病院へ向かい、そこで問答無用で点滴を打たれて栄養剤を出された。
 折角病院に行ったのだから母の顔でも見ようと思ったが、博也にすぐに引っ張り出された。

 気づいたらここにいる。

 いつの間にか合流した山浦はいるし、博也は何も喋らないしで、春樹は途方に暮れていた。
「なあ」
 上機嫌に肉を頬張る山浦に視線を向ける。
「これは、何の集まりなんだ?」
 肉を食べる会か、と春樹は首を傾げた。
 途端に、博也がぎろりと視線を向ける。
「喋ってねえで黙って肉食えよ。馬鹿じゃねえの」
「むらやん」
 博也の辛らつな言葉に、山浦が宥める。
 春樹は、ため息を付きながら箸を伸ばして肉を取った。
 食欲が湧かないせいか、肉の匂いにも気分が悪くなる。
 倒れたばかりで体調が戻ってないのを感じながら、口を開いた。
「......つっじー、無理そうならあんまり食べなくてもいいからね」
 食べにくそうに口に運ぶ春樹に、山浦がやんわりと声を掛ける。
「ふざけんなよ白豚、こいつ食べてねえんだから食わせてやってんだよ。黙ってろこのオタク」
「むらやん、具合悪い人にこんなに肉食べさせたら吐くよ。つか、なんで焼肉屋なの」
「手っ取り早く栄養取らせるには、肉がいいだろうがばーか」
「それ、つっじーの顔見てから言いなよ」
 そう山浦に水を向けられた博也は、春樹に視線を移した。
 嫌そうに食べる春樹を見て、博也は僅かに動揺した仕草を見せる。
「春樹、......食いたくねえの?」
「食べればいいんだろう。吐いても食うさ」
 青い顔のまま肉を淡々と口に運ぶ春樹を見て、博也は何か声を掛けようとし、結局何も発せぬまま視線を逸らした。
 良かれと思ってしたことが、返って逆効果であることに気づいたが、どうしようもないらしい。
 こじれた状態を更に見せ付けられた山浦は、ふっとため息をついた。
「もう、めんどくさいなあ」
 山浦は春樹が取ろうとしていた肉を先に取り、皿に盛られたままの生肉を春樹から遠ざける。
 視線を向けられるが、気にしない。
「つっじーはお粥持ってきて食べてて。あるでしょあそこ」
「肉でいい」
「いいから、取ってきて」
「......博也」
 飼い犬が主に視線で尋ねるように、春樹は博也に問いかける。
「......さっさと行って来いよ」
「わかった」
 素直に立ち上がってお粥を取りに行く春樹を眺め、山浦は博也にそっと耳打ちする。
「むらやんさあ、自分がなんか間違ってんのわかってるよね」
「う、うるせえなあ......俺だって、それなりに......」
 指摘された博也は視線を下に向けて俯く。
 そこに春樹が戻ってきた。
 手にした茶碗には、申し分程度にお粥が盛られている。
「どうした、具合が悪いのか」
 春樹は博也の隣に腰を下ろしながら、そっと頭を撫でた。
 優しげな手の動きに、博也ははっと視線を上げる。
「はる......ッ」
「これ食べたら、帰っていいか」
「......」
「はいはいはい。少しは食べた方がいいけど、まだもうちょっと我慢してねつっじー」
 表情を変えずにいる春樹と、上手く言葉が出ない様子の博也を見て、山浦が割り込んだ。
「つっじーさあ、もう聞いちゃうけどむらやんのこと本当に好き?」
「てめ、この馬鹿!なにいきなり聞いてんだよッ!」
 ガタンと椅子を押して立ち上がった博也が、山浦の胸倉を掴む。
「止めろ博也。俺は博也を愛している。付き合ってるんだし今更聞くこともないだろう」
 軽く止めに入った春樹は、そう答えて博也を山浦から引き剥がして座らせる。
 嬉しそうに頬を緩ませた博也を眺めつつ、山浦は更に口を開いた。
「それ本当?具合悪くて倒れたりしてんのに、本気で好き?」
「......なんなんだ山浦」
 山浦の質問に、春樹は不快感を示して目を細める。
 一度怒鳴った手前、今度は黙って成り行きを見守る博也は強く拳を握った。
「本心で言ってるなら、僕もう首突っ込まないけど、違うならどうにかしたいと思って。僕、つっじーの友達でしょ」
 友達の相談に乗りたいのだと告げる山浦に、春樹の表情が和らいだ。
 軽く微笑みを見せると、目を伏せる。
「本人の目の前で言うのか」
「うん。でないと意味ないでしょ」
「......」
 視線を上げた春樹は、そのまま隣に座る博也に眼差しを向ける。
 見つめられた博也はごく、と喉を鳴らした。
「早く、お前が俺で遊ぶのを飽きてくれれば良いと思っている」
「え、っあ......?」
 春樹の言葉をすぐに理解できない博也は、小さく口を開けた。
 その青ざめた顔には表情も浮かばず、停止しているように見える。
「お前は俺が嫌いなのに付き合ってるのは、俺がホモだと思ってるから、面白いと思ってるからなんだろう。フェラチオもしたし、入れたいと思うなら好きにしてくれ」
 春樹の言葉を聞いた博也は、ぎぎぎと音がしそうなほどゆっくりと顔を逸らした。
「好きにしてくれていいから、早く俺に飽きてくれ。お前のおもちゃはもう嫌だ」
「!」
 決定的な一言を告げられた博也は、顔面蒼白のまま春樹を睨みつける。
「......っは、なに馬鹿言ってんだよッ!てめえなんか一生俺のおもひゃに......!」
「はいむらやんペナルティー。ちゃんと食べてから喋ってね」
 怒鳴り散らしかけた博也の口に、山浦が半分に切られ種の取り除かれたピーマンを押し込んだ。
 本来は焼いて食べる用の野菜を、生で突っ込まれて博也の動きが止まる。
「言っとくけど、それ食べずに吐き出したら僕も帰るよ。何もしないからね」
「......ッ!」
 吐き出しかけた博也は、山浦の言葉に思いとどまる。
 確かにここで、山浦がいなくなればこの場は殺伐とし、更に酷い状況になるのが目に見えていた。
「山浦、博也はピーマン嫌いなんだ。俺が変わりに食べるから」
 泣きそうな顔で緑黄色野菜を咀嚼する博也に、春樹がそう申し出るが山浦は聞かない。
「つっじー肝心なとこ、言ってないよ。......むらやんのこと、嫌いなの?」
「......」
 淡々と問われ、春樹の顔に僅かに動揺が浮かんだ。


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