そのなな-1
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山浦と桜庭は停学を言い渡されてから4日後に登校し、博也はそれから遅れて7日後に登校することができた。
博也はもちろん山浦や桜庭も、そして関谷も騒ぎの原因になったことは、誰にも言うことは無かった。
季節も移ろい、朝晩は寒くなってきた頃。
衣替えも既に終えて、冷えるのか博也はセーターを身に付けることが多くなってきた。
春樹といえば昨年まで使っていた物がサイズが合わず、自分が成長したことを実感したが、おかげで着る物に悩むようになった。
普段の生活もできるだけ質素に押さえている春樹としては、自分のものは自分で購入したいというのが本音だ。
さてどう金を工面するかと悩みつつ、春樹は寒い風が吹く中、学校に向かって歩いていた。
博也も春樹と一緒に登校しているが、眠いのか不機嫌そうな表情だ。
ふらふら歩く博也に、春樹が腕を引いて自分側に寄せる。
殆ど中身の入っていない博也のカバンは、春樹が自分のものと一緒に持っていた。
「危ないぞ博也」
「だって、俺寝たの3時......」
欠伸を噛み殺してぼやく博也に、春樹は内心そっと苦笑する。
停学が終わったあとに入り浸るようになった博也は、自分のものを色々と春樹の家に置くようになった。
時々は家に帰るように促すが、そうなると春樹も連れて行こうとするので最近は諦めている。
昨日は発売したばかりのゲームをやり込んでいたので、春樹は博也を放って先に寝た。
結果がこれだ。
「んー......」
腕を掴んで率先して歩く春樹に、唸った博也が寄りかかってきた。
春樹の肩に顎を乗せる博也の、普段身に付けているオーデコロンがふわりと香る。
身近に感じられる博也の香りに密かに胸が高鳴るが、ほとんど表情には表さずに春樹は博也の頭を撫でた。
本来であれば博也はセットした髪型を崩されるのも嫌いな方だが、春樹にされると抵抗もせずにされるがままになる。
「そろそろ真面目に歩け」
「っせえなあ。別にいいだろうが」
「歩きにくいだろう」
「別に、そうでもない」
博也は歩きにくくなくても、自分は歩きにくい。
そう思いながらも、春樹はそれ以上言葉を重ねるのをやめた。
前なら諦めてのことだったが、今ではこの状態も悪くはないと思えるようになったからだ。
「..................個人的に言わせてもらえばさ、登校時はもうちょっと離れた方がいいと思うんだけど」
複雑な心境を露にした声に春樹が足を止めて視線を向けると、そこにはクラスメイトが立っていた。
山浦の眉間に寄った皺に、春樹がそっと博也から離れようと体を動かすと、逆に拘束される勢いで抱きつかれた。
その状態で、博也は威嚇するように山浦を睨みつける。
「おはよう山浦」
「おはよつっじー。むらやん」
苦しいとは思いながらも、春樹が僅かに笑みを浮かべると、山浦も釣られたように笑みを浮かべた。
微笑みあう2人に博也はますます機嫌を悪くしていく。
「はようじゃねえよ豚、なに許可なく一緒に登校しようとしてんだよ。鍋で煮込むぞこら」
春樹の隣に並ぶ山浦に、博也は回り込んで春樹と山浦の間に割って入る。
「調理のチョイスが、冬仕様になってきたねむらやん」
そんな博也に生ぬるい笑みになった山浦に、春樹は慌てた。
「博也、そんな言い方は寄せ」
「いいよつっじー。別にいつものことだし。......でもさ、あんまりそういう態度取ってると、つっじーに嫌われるよ?」
春樹にはそう軽く告げた山浦は、博也に視線を向けるとふっと笑みを深くした。
そんな山浦に対し、博也は強制的に春樹の肩を組みながら鼻を鳴らす。
「んなわけねえに決まってるだろうが。こいつは俺が好きで好きで仕方ねえんだから」
他人の目を気にせずに堂々と宣言する博也に、春樹は思わず苦笑した。
博也の態度があまりに開けっぴろげすぎて、恋愛が含むものとは思われていなさそうなのが助かるところだ。
「ふーん。むらやんはつっじーのこと好き?」
「別に好きでも何でもねえよ。......なんだよその目」
半目になった山浦に、博也はむすっと表情を険しくする。
「べーつーにー?」
含みがありそうに告げた山浦は、ふと春樹に視線を向けた。
その眼差しには憂慮が含まれていて、春樹は申し訳ない気持ちになる。
何かと自分のことを心配をしてくれるこの友人には、もう頭が上がらない。
停学になった時も深く詫びたが、山浦は自分自身のことよりも春樹のことを心配してくれた。
ありがたいと春樹は心底思う。
だがそんな山浦は、最近思うところがあるらしく博也に対して棘があった。
「そんだけべったりくっ付いててさー。好きじゃないとかさー。付き合ってやってんだとかさー」
「ああ?なんか言ったか豚。豚語か。ぶひぶひ言ってんのか」
聞こえるように呟く山浦に、博也が絡み始める。
身長の低い山浦の髪をかき混ぜて乱し、黒ぶち眼鏡を奪っては自分でかけてその度の強さに顔をしかめていた。
「むらやん返して眼鏡!僕本気で見えないんだから!」
「いやいや白豚くん、これつけて見えるお前の目がすげーよ。きつ過ぎるって」
手を伸ばす山浦を軽くあしらっている博也を見て、春樹は横から手を伸ばして山浦の眼鏡を取り上げる。
「ほら、山浦」
「ありがとう」
同級生に返していると春樹は博也に耳を引っ張られた。
視線を向ければまたむすっとしている。
最近の博也は内面が表情に出やすくてわかりやすい。
博也が怒っているのはわかるのだが、その顔も可愛いと思ってしまう春樹はうっすらと目元を緩ませる。
関谷の一件後から、博也には感情が良い方にしか向かない。
その前であれば不快感を持っていただろう言動や行動に対しても、穏やかな気持ちで許容できてしまうから驚きだ。
好きというのは偉大な感情だと春樹はつくづく感じていた。
「お前さ、俺以外のヤツに優しくすんじゃねえよ」
「このぐらい普通だろう」
「普通じゃねえ。......なんだよばーか。春樹のあんぽんたん」
博也はすっかりヘソを曲げてしまったらしい。
悪口を言ったかと思うと、博也は春樹を無視するように早足で先に学校に向かってしまった。
「子供だなぁ、むらやん......」
眼鏡をかけなおした山浦が、あっけに取られてそれを見送る。
小さくなっていく博也を見て、春樹はカバンを持ち直した。
「ほっとけばいいのに」
追いかけようとする気配の春樹に、先手を打って山浦が声を掛ける。
だが春樹はゆっくりと首を振るのみだ。
「博也は、付いてくるなとは言わなかったから」
「はー......つっじーも変わったねえ。でもいいの?むらやん明らかに調子に乗ってると思うんだけど」
問いかけた山浦は、春樹の視線がずっと博也を追いかけているのを見て軽く肩を竦める。
博也も博也で、視界に入るぎりぎりのところで歩みを遅くしていた。
自分が来るのを博也が待っているとは気づいていない春樹は、早く追いかけなければと落ち着きがない。
そのせいで、ぽろりと本音が漏れてしまった。
「ああ。可愛いよな」
博也に対して、春樹の口から『可愛い』という形容詞がでるとは思わなかった山浦は面食らう。
思わず春樹を見上げてしまった。
「あれえ?つっじーって目、悪かったっけ?」
「いや、両目とも1.5はあるが」
真面目な表情で答える春樹には、嫌味も通じない。
脱力感を感じつつ、山浦は春樹の背を叩いた。
「そっかあ......つっじー追いかけるなら、早く追いかけたら?僕はゆっくり行くからさ」
「悪い。山浦また後で」
山浦の言葉を聞くが早いか、春樹はすぐに走り出した。
人に気を使うことを知りながらも、やっぱり少し鈍感なところがある春樹に、山浦の心配は尽きない。
「本当にもう、大丈夫なのかな」
眺めていると駆け寄った春樹に、博也が詰め寄って何かを怒鳴っているように見える。
きっと早く来なかったことを詰られているのだろうと考えると、山浦は少しばかり春樹が不憫でならなかった。