そのなな-2

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 あの一件があってから、昼食を取るのはもっぱら春樹の教室になった。
 関谷のいる博也の教室に行きにくいこと自分の心情を、博也が汲み取ってくれるのが嬉しい。
 博也が来るようになると、桜庭も付いてくるようになった。
 そのせいか、昼休みには阿鼻叫喚で逃げ回る山浦とそれを嬉々として追い回す桜庭が見れる。
 春樹は山浦もマイペースで友達が少ないと思っていたから、桜庭と仲良くしている様を見れるのが嬉しかった。
「仲がいいんだな」
 机を囲みながら昼食のおにぎりを食べる春樹は、目の前に座る山浦を眺めてなんとなしに告げた。
 山浦の丸い体を腕に閉じ込めるようにして上機嫌で抱き締めているのは桜庭だ。鬱々とした表情の山浦とは対照的な表情でサンドイッチを口に運んでいる。
「つっじー......ほんっきで言ってるなら、授業中に小さく切った消しゴム投げつけるけどいい?」
「え」
 かなり本気を滲ませた口調に、春樹は驚いてじっと山浦を見つめる。
 2人で仲良く同じ椅子に座っているぐらいだから、仲が良いと思ったのに違うのか。
「なんだよ白豚。そんなくだらねえことしたら炒めるぞ。信行、食え」
「んー」
「ぎゃ、ちょ、桜庭くん耳噛まないで!ていうか本当に離してよッ」
 博也の指示の元、桜庭が山浦の耳をはむはむと噛んでいる。嫌がっているのは伝わるのだが、山浦の身長も相まっているせいか、なんとなく微笑ましく思えてしまう。
 春樹が山浦と桜庭のやりとりを楽しそうに眺めていると、春樹の顔のすぐ側で博也が指をぱちんと鳴らした。
 驚いて春樹が視線を向けると、そこでようやく不貞腐れたような博也に気づく。
「そっちばっか見てんじゃねえよばーか」
「悪い」
「コーラ買って来い。ほら」
 不機嫌そうな態度のまま、博也は春樹に小銭を投げつけた。
 頷いた春樹は自分に当たって床に落ちた金を拾うと、食べかけのおにぎりを置いてそのまま教室を出て行く。
 一部始終を見ていた山浦は、ふんぞり返っている博也を睨んだ。
「むらやんさあ」
「子豚ちゃん。博也、あれでもねぇ自分が横柄だって自覚してんの。責めないでやってぇ?」
 言い咎めようとする山浦に、桜庭がそっと声をかけた。
 だが山浦は桜庭の腕を押しのけてようやく自由になると、博也に歩み寄る。
「むらやん、自覚してても反省しないと意味ないよ。せめて態度で現したら」
「うっせ白豚。別にいいだろ、春樹が好きで俺に従ってるんだから。文句あんのかよ」
「わー性格わるう。最近のむらやん嫌いだな僕」
 山浦はきっぱり言い切ると、ぷいっと顔を背けた。広げていた弁当を仕舞い込むとそのまま教室を出て行く。
 残されたのは博也と桜庭だけだ。
 他のクラスに残された肩身の狭さを感じる桜庭は、そわそわと落ち着かない。
「豚、追いかければ」
「マシュマロちゃんも、追いかけたいところだけどさぁ」
 むすっと不機嫌さを前面に押し出している博也を見て、桜庭は苦笑した。
 たんたんたんと貧乏ゆすりで体を揺らして、桜庭以上に博也が落ち着きをなくしていることを現している。
 『嫌い』と言われたのが結構響いているんだろうなと、桜庭はひっそりと考えた。
 程なくして春樹が戻ってくる。
「ほら博也」
「ん」
 礼もなく当たり前のように受け取る博也は、春樹に視線を向けようともしない。
 春樹ももう慣れてしまったのか、そのまま席についてクラスメイトがいないことに気が付いた。
 先ほどまで抱き締めていた桜庭に視線を向けて尋ねる。
「山浦は?」
「えっとねえ......」
「しらねえよ。豚の話すんな」
 博也ががんっと机を蹴って、春樹と桜庭の会話を阻止した。
 荒れた様子の博也に、春樹は戸惑って桜庭に視線を向けると、桜庭は苦笑したまま首を軽く横に振る。
 それ以上話さない方がいいという無言の忠告を受け取った春樹は、押し黙って残りの食事を平らげた。
 予鈴が鳴り、博也と桜庭は教室に戻る。すると同じタイミングで山浦が教室に戻ってきた。
「博也の機嫌が悪かったが、アイツと何かあったのか?」
 心配そうな眼差しを向けてくる春樹に、山浦はふふふと笑った。
「うん?ちょっとむらやんいじめしてるの。嫌いって言っちゃた僕。あの手合いってすぐに嫌いとか嫌とか言う癖に、自分が言われるとすごくショック受けるんだよねえ」
「......あんまり、いじめないでやってくれないか」
 博也が不憫だと同情を示す春樹に、山浦は呆れたようにため息を付いた。
「むらやんは自業自得だからいいの。それよりつっじーだよ。最近こき使われて疲れてない?」
「いや。博也のわがままはいつものことだし、それに博也は......」
 春樹が言いかけた途端に、本鈴が鳴った。クラスに教諭が入ってきて、春樹も山浦も急いで自分の席に戻る。
 2人きりだと自分に甘く優しくなるのだと山浦に言いそびれた春樹は、まるで惚気を言うようかの内容に気づいて思わず赤面した。



 放課後になり、家に戻っても博也の機嫌は優れなかった。
 博也は帰るべきところは春樹の家と定めているのか、もはや何も言わずに居ついている。
 ごろんと畳に寝転がる博也を尻目に、洗濯物を畳んでいた春樹はぼんやりと考えた。
 そろそろ中間テストも近い。
 春樹としては博也と一緒に勉強をしたいと思っているのだが、博也は勉強があまり得意でない上に嫌いらしく、機嫌が悪いと手をつけようとしない。
 さてどう宥めて勉強をすべきかと考えていると、ずりずりと畳を這った博也が春樹の膝に頭を乗せた。
「博也」
「なでろ」
 命令口調ながらどこか哀願するような響きを持った声に、春樹はふっと口元を緩めて博也の髪を梳く。
 しばらく撫でていると、博也が上半身を起こして下から軽く唇を重ねてきた。
 まるで猫のような身のこなしの博也の口付けに、春樹はそのまま受け入れる。
 キスをしたままぐっと肩を押されて、春樹は仰向けに倒れこんだ。
 何度も角度を変えて与えられる口付け。
 触れ合うだけのキスは甘くて優しい。が、その口付けに僅かに寂しさが滲んでいることに気づいた春樹は、そっと博也の背に腕を回した。
「山浦と仲直りしたらどうだ」
「ああ?何言ってんだよばーか。アイツが急にわけわかんねえこと言ってるだけだ」
「そうか」
 耳の下や首筋にキスを落としてくる博也にされるままになっている春樹は、それ以上は何も言わずに天井を見上げる。
 服の中に入り込んだ手は、優しく素肌を撫で上げた。
 そろそろとわき腹から腹へ、そして胸を撫でると博也は突起を摘んだ。
 その刺激に春樹はぴくっと跳ねる。だが春樹は表情を変えず、声も出さずに与えられる刺激を甘受していた。
 身動きをほどんどしない春樹に、博也はチラリと視線を向ける。
 反応の薄い春樹にむすっとした博也は胸板に顔を寄せると、乳首を口に含む。
「っ」
 僅かに息を飲んだ春樹の様子に気を良くしたのか、博也は甘噛みをしたり吸い上げたりする。
 その行為は春樹にとって快楽とは程遠く、むず痒く感じるものだった。
「どうだ、良いだろ?」
 愛撫に対してそう尋ねられるが、『良い』というほどではない。春樹は少し考えた結果、「くすぐったい」とだけ答えた。


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