そのなな-6

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 放課後のざわつく教室内では、今日の中間テストの話題が飛び交っていた。
 春樹もいつものようにテストを受けたが、思ったよりも埋められなかったり自信のない箇所が多く、それで少し落ち込んでいた。
 身体のことで博也に詰られたあとは、一人でいる時間帯が多かったからいつも以上に勉強できたというのに。
「......」
 無意識のうちにため息を零す。
 あの日の翌日から、博也は春樹の家に寄り付かなくなっていた。放課後も迎えに行くともう既に帰っていることが多く、ここ一週間ほど顔を合わせていない。
 愛想をつかされても致し方ないのは十分にわかっていたが、それでもやはり辛かった。
 そんな精神状態で受けたテストは散々で、もうしばらく浮上できない気分で春樹は帰り支度を始める。
「つっじー!テストどうだった?僕もうぼろぼろで......あれ?」
 そんな春樹は嘆きながら近づいてきた山浦に顔を覗き込まれて、僅かに身を引いた。
「なんか元気ないね。......なにまたむらやん悪さしたの」
 むっとした山浦の言葉に、春樹は思わず笑ってしまった。
 なんでもかんでも博也と結びつけるのはどうかと思うが、実際博也のことで自分が参っている自覚があるので、春樹も否定はしにくい。
 それでも春樹はゆっくりと首を横に振った。
「なんでもない。......今回、難しかったな」
「うん。赤点がないことだけを祈るよ」
 大げさにため息をついて拝む仕草を見せる山浦。その姿はどこか愛嬌があって、春樹は表情には出さずに和む。
「じゃ、俺は帰るよ」
「うん......あ、なんかさ。桜庭くんがつっじー呼んでたけど、行かなくていいからね」
 カバンを背負った春樹に、少しだけ不機嫌そうに告げた。
 本当は言いたくなかったとでもいうようなそぶりで、唇を尖らせている。
 春樹は山浦の口から出た意外な人物の名前に、軽く首を傾げた。
 桜庭とは、殆ど話をしたことがない。博也がいたときに間接的に構われるだけだ。
「俺を?山浦じゃなく?」
「なんで僕が呼ばれるんだよ」
 少し高めの山浦の声が低くなった。
 更に機嫌が悪くなったようで、春樹としてはどう声をかけようかと悩んでいると、山浦はぷいっと顔を背けた。
「別に僕とアイツは、そんなに仲が良いわけじゃないんだからね」
「......そう、なのか」
「そうなの!」
 力いっぱい言い切る山浦に、それならばそうなのだろうと春樹は頷く。
 否定しているものを自分の主観で決め付けるのは良くない。
「で、桜庭はどこにいるって?」
「なんだ、行くの?」
「呼んでいるんだろう。......博也、も、いるかもしれないし」
 後半だけ、少し尻つぼみとなってしまった春樹は、そわそわと落ち着かない。
 とりあえず避けられているのはわかっているが、それでも顔を見たかった。
 桜庭が呼んでいるとあれば、そばにいるだろう博也と顔をあわせるタイミングもあるかもしれない。
 そう思っていると、今度は山浦が首を傾げた。
「あれ。むらやんさっき急いで帰ってたけど、つっじー知らないの?」
「......」
 帰った。今日も自分に声をかけずに。
 それを聞いた春樹は、目に見えて沈んだ。
 暗い表情で俯いて肩を落とす春樹に、山浦の方が慌ててしまう。
「ど、どうしたの?......なんかあったでしょやっぱり君たち」
「.........相談したいのは山々なんだが......山浦」
 春樹は山浦の肩を掴んで教室の端まで連れて行く。教室に残っていた幾人かがちらりと視線を向けるが、それには気も留めない。
「何?図書室行く?」
 広いところでは話しにくいのことだと気づいた山浦は、声をひそめた。
 それには首を振り、春樹は山浦の耳に顔を寄せる。
「山浦は、その、性的な質問をしても大丈夫か」
「......どのぐらい?」
「..................ニュアンスで判断してくれると嬉しい」
 そんなわかりにくいことを春樹が告げると、山浦は困ったように春樹を見上げた。
 春樹は黙って見つめ返して、山浦の返答を待った。
 おそらくたっぷり5分は待っただろう。やがてどういった結論に達したのか、うっすらと頬を赤らめた山浦がふるふると首を横に振った。
「ごめん。無理」
「......そうか」
 ふっと息を吐いた春樹に、山浦はやや俯きつつ言葉を並べる。
「や。その僕だって、そりゃ、いろいろアレだけど......興味はあるけど......」
 いつもはさばさばしている山浦の反応に、春樹は表情に表さずにひっそりと驚く。
 顔を赤らめたままの山浦を見つめていると、自分よりも性的な知識はないように思えた。
 そんな山浦に、どうやれば感度を上げられるかなどと聞いたら可哀想だろう。
 いつも迷惑を掛けているのに、これ以上は申し訳ないとと考えた春樹は、軽く山浦の肩を叩いた。
「悪い。変なことを聞いた」
「ううん......。むらやんに言えないことなら、なんなら桜庭くんに聞けば良いと思うよ。
 アイツも、つっじーとむらやんの事情知ってるし。あとモテるしキス上手いし遊んでるし」
「......ん?」
「え?」
 何か、途中で気になる言葉が挟まれた気がする。だが何が気になるのか良くわからない。
 言った山浦も平然としているので、自分の気のせいだろうと春樹は納得してしまった。
「じゃあ、桜庭の用件を聞いたら、聞いてみることにする」
 確かに博也とつるんでいるだけあって、遊んでいる噂は聞く。
 男と女では多少違いは出るだろうが、感度に関しての相談は山浦よりも適任かもしれない。
「うん。あ、今はね、調理室にいるらしいよ」
 メールで桜庭の居場所を確認してくれたのか、携帯を眺めていた山浦が告げた。
「山浦は行かないのか」
「なんで僕が行かなきゃなんないの。用もないのに会いたくない」
「そうか」
 そんなわけで、春樹は1人で調理室に向かうことにした。
 話を終えた後にはすぐに戻れるようにとカバンを持って歩くと、普段は静かな特別教室ばかりが並ぶ廊下に笑い声が響く。
 その声は、春樹の目指す調理室から漏れているようだった。
 桜庭以外に誰かいるのだろうかと、春樹は何気なくドアを開ける。
「おい、桜庭来た、ぞ......」
 中にいた人物を見て春樹は言葉を失ってしまう。
 なぜかエプロンを身に付けた桜庭と、そしてもう1人。
 関谷がそこにいた。
 何かで笑い合っていたのか軽く目元を拭う仕草をした関谷の方も、春樹を見て僅かに動揺を見せる。
 ちらりと桜庭を睨みつけると、軽く舌うちをした。
「信行。俺帰るわ」
「おう。んじゃまた明日ねえ」
 ひらひらと手を振る桜庭に見送られ、関谷は春樹の隣を抜けて調理室を出て行く。
 関谷は春樹と一度も目を合わせようとしなかった。
 その気配が完全に消えたところで、春樹は無意識に入れていた体の力を抜いた。
「んなに警戒しなくったってぇ、真吾はもう噛み付かねえよんわんこちゃん」
 いつもの軽い調子の桜庭は、オーブントースターの中から何かを取り出している。
 ふわりと美味しそうな甘い香りが室内に広がった。


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