そのはち-1

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 ショッピングモールの中にあるアトラクションで遊ぶ博也は、とても楽しそうだった。
「次!次あれ!」
 いつもの通り春樹の意見など聞くことはほとんどなかったが、どこに行くにも春樹の服を引っ張ったり、腕を絡めて引いたりもする。
 時折テンションの高い自分にはっとしたように我に返るが、春樹の表情を見ると、また楽しそうに次の場所へと移動するのだ。
 博也がどうしてそんなに楽しそうなのか不思議な春樹だったが、通り過ぎる最中に写ったショーウィンドウの自分が、わずかに笑みを浮かべているのを見て春樹は歩みを止めた。
 無意識に笑うことなどいつ振りだろうか、と春樹は自分の手で口元に軽く触れる。
 気づいたとたんに笑みが消えてしまった自分に、わずかに眉を寄せていると、ぐいっと服の裾を引っ張られた。
「どうした?」
「いや、なんでもない」
「ふーん......。あ、アイス」
 春樹の返答を興味なさそうに流した博也は、広場の売店に足を向けた。
 種類の多いアイスを眺め、博也はくるりと春樹を振り返る。
「お前、このチーズケーキのやつな。俺ミントにするから」
「わかった」
 とくに食べたいとも思っていなかったが、春樹は博也のチョイスしたアイスを食べることにする。
 博也は春樹に財布を出させることはなく、アイスも博也のおごりだった。
 2人で空いていたベンチまで移動して腰を下ろす。
「ほら」
 手渡されたアイスに春樹は視線を落とした。
 一口食べてみると、口いっぱいに広がる甘さ。冷たさがある分控えめだが、それでも甘いものは甘い。
 博也がくれたものを残すという選択肢はない春樹は黙々と食べ続けた。
「ミントうめえ。......そっちは?」
 半分まで食べ進んだところで、そう尋ねられた。
 見れば、博也はもうアイスを食べきっている。
「甘い」
「ふうん?」
 呟くように感想を口にすると、唐突に博也が身を乗り出してくる。
 それに驚いて、春樹は身体を引きかけた。だが、アイスを持った手を博也に握られてしまう。
 大きく口を開けて、博也は春樹のアイスにかぶりついた。
 途端に博也は表情を曇らせる。
「あっま!なんだお前、こんな甘いの食べてたのか。......さっさと言えよボケ。待ってろ」
「博也?」
 わずかにバツが悪そうな顔で呟くと、博也は立ち上がってどこかに向かって歩いていく。
 溶けかけたアイスを持ったままの春樹は、そんな博也を黙って眺めていた。
 待っていろと言われたからには、追いかけるわけにも行かない。
 博也はどこに行ったのだろうと春樹がそわそわしていた時だった。
「ねえ」
 ベンチに近づいてきた人物に声を掛けられて、春樹はそちらに視線を移す。
 茶髪の巻き髪に、黒く塗られた瞳。ゆったりとしたカーディガンに短いスカート。露出したふとももに、春樹は寒くないのかという感想を持った。
 そんな格好をした似通った少女が2人、春樹の前に立っている。
 少女たちの顔を順々に見上げた春樹は、首を傾げた。
 ベンチに座りたいんだろうか。
「見てたんだけどさ、もしかして男2人?ウチらも2人なんだけど一緒に遊ばない?」
「え?」
 ベンチを譲ろうと腰を浮かしかけた春樹は、少女の口から出た言葉に目を見張った。
 一緒にと言われても、見知らぬ相手だ。......いや、もしかしたら会ったことがあるのだろうか。
 逆ナンされているということに気づかない春樹は、僅かに戸惑う仕草を見せた。
 覚えがないが、もし知り合いであれば無下には出来ない。前にも博也の友人の女の子をすっかり忘れていたことがあったのだ。
「博也がいいって言うなら」
「そっか。んじゃ隣座って待ってていい?」
 問いかけた少女は、春樹の返事を待たずにベンチに腰を下ろした。思ったよりも近い距離に、春樹の方が僅かに距離を保つ。
 もう1人は携帯を弄りながら立っている。
「大学生?」
「いや、高校二年」
「マジ?同い年!私服カッコイイねーどこ高?」
 矢継ぎ早に質問されて、流されるままに春樹は自分の通う高校名を口にする。
 すると「そこなら友達の彼の弟が通ってるー!江崎って知ってる?」とテンションの高い返事が帰ってきた。
 すごく親しげに、春樹も知っている水泳部のエースの苗字を上げたので頷きかけるが、よくよく考えてみれば接点はまったくない。
「君、それって知りあ」
「なんだよそいつら」
 そのことを指摘しようと春樹が口を開いたのと同時に、低く不機嫌そうな声を投げつけられた。
 見上げれば、戻ってきた博也が缶コーヒーを手に眉間に皺を寄せている。
 甘いと呟いた春樹のために、博也は自販機でブラックコーヒーを買ってきたのだ。
「男2人で寂しそうだったからさぁ、一緒にあそばね?」
「ボーリング行こうよ。4人で勝負とか、楽しくない?」
 2人の少女が口々に誘うのを見た博也は、苛立たしさを隠そうとせずにちっと舌打ちをした。
「んだよ、欲求不満なら他あたれブス」
 博也の口にした言葉に、その場がしんとなる。
 言われた言葉がよく飲み込めないような表情の少女を無視して、博也は春樹の腕を掴む。
「行くぞ」
 溶けかけていたアイスが、それによって春樹の手を伝う。不快な感触に春樹は少し眉をしかめたが、何も言わなかった。
 博也のオーラがどす黒く機嫌が悪いのを察知したのだ。
 だが、少女らはそれに気づいていない。
「ちょっと!」
「うっせこのヤリマン!不満なら木の棒でもマンコに突っ込んでろよ!」
「......な、なにそれ!」
 口汚く罵る博也に少女の顔がさっと青ざめたのちに、激昂したように赤く染まっていく。
「さいっていッ!」
「きもいんだよホモ!バーカ!」
 博也に負けぬぐらい罵声が投げつけられるが、博也は振り返ろうともしない。
 それを見て、春樹は足を踏ん張って博也の動きを止めた。
「てめ......」
 手を振り払うと、博也がまた盛大に舌打ちをする。
 少女たちの元まで戻ると、春樹は頭を下げた。
「ごめん。博也、口が悪くて」
「は、うっぜ。男同士で乳繰り合ってろよ。いこ」
「うん」
 連れ立って遠ざかっていく少女たちをそのまま見送る。
 大声でのやりとりに周囲の注目を集めており、それに気づいた春樹は恐縮したように軽く頭を下げた。
 すると、また博也に腕を掴まれて捻るように引っ張られる。
「ッ」
 その痛さで、持っていたアイスが床に落ちてしまった。
 汚してしまった春樹は、咄嗟にしゃがみかけるが、強く腕を引かれて歩き出す。
「ひろ、や」
「殴られたくなかったら、しゃべんな」
 命じた博也の機嫌は地を這っていた。表情と声に、春樹はぞくりと身体が強張ってしまう。
 先ほどの楽しい気持ちなど微塵も残さずに吹き飛んでいた。


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