そのはち-8

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 ようやく博也から静かな寝息が上がる。
 目を閉じてそれを聞いていた春樹は、薄く目を開いた。
 自分を抱きこむようにして寝ている博也の腕をそっと退ける。
 しばらく見ていても、起きる気配はない。
 なので、春樹はそっと身体を起こした。
 部屋はツインでベッドは2つあるが、もう一つは抱き合っていたせいでぐしゃぐしゃだ。
 気恥ずかしくてそちらは見ないようにベッドから降りる。
「ッ」
 立ったまでは良かったが、腰から下に力が入らない。
 結局ベッドに片手にをついて床に腰を下ろした。
 そこで春樹はほっと息を吐く。
 身体がだるく指一本さえ動かす気になれないが、このままではいられない。
 そろそろと物音を立てずに、這ってバスルームに向かう。
 浴室にたどり着くと、春樹はシャワーの蛇口を捻って降り注ぐ水滴に目を閉じた。
 すぐに水はお湯に変わる。
 目を開くと、バスルームにあった全身鏡に自分の姿が写った。
 身体のあちこちにある赤い鬱血。それは噛み跡だったりキスマークだ。
 愛された跡の残る身体に春樹はうっすらと顔を赤らめる。
 だが羞恥を感じている暇はない。春樹は中腰になって足を開いた。
「く......」
 その光景は見ないように再度目を閉じる。春樹はその状態で自分の身体をまさぐった。
 足の間に手を入れると、先ほどまで博也を受け入れていた場所に指を侵入させる。
 普段そうそう触ることもない場所だが、この時ばかりはすぐに綻んでみせた。
 指を更に押し込むと、とろっと何かが伝う感触がある。
 シャワーを浴びながら視線を落とすと、白濁の液体が内股を伝っていた。
 自分が達するまで付き合う、という期限を作った博也は本当にずっと放してくれなかった。
 けれど抱かれる事に慣れていない春樹も達することが出来ず、さすがに体力が持たないと博也を宥めすかして寝かせたのがつい先ほど。
 同じように寄り添って寝てしまえば良かったのだが、勤勉な春樹は同性同士の性行為でのリスク部分もよく理解していた。
 なので残滓を洗い落としに来たのだ。
「すごい、こんなに......」
 愛された証は、後から後から溢れてくる。
 それだけ注ぎ込まれるだけの時間抱き合っていたのだと気づいて、春樹はその時間を反芻した。
 自分を抱く博也は、なんというか、愛らしかった。
 きつく抱き締める腕はすがりついてくるようであり、また忙しなく上がる声は嬌声とも取れるものだった。
 何度かフェラや手淫で擬似的な行為をしていたときよりも、それらは官能的で、春樹は自分が博也を抱いているような、そんな錯覚に囚われた。
 受身での快感は少なく、性器に直接の刺激もなかったせいか、冷静に博也を見ることができたせいかもしれない。
 あの姿で今まで他の人を抱いていたのかと思うと、春樹は脳の一部が痺れるような気がした。
 普段思うことのない感情だが、春樹はこれがなんというかは知っている。
 『嫉妬』だ。
「......」
 春樹は無言で博也の精液で濡れた手の平で、自分自身を握る。
 最中は萎えることもせず、かといって絶頂まで上がることがなかった。
「ん」
 ゆっくりと自分自身を上下に扱く。
 脳裏に浮かぶのは、さっきまで抱き合っていた博也の姿態だ。
 ぴりぴりと痛む性器だが、優しく緩く扱くとじんわりと快感が立ち上った。
 シャワーの水音に混じって、春樹のわずかに乱れた息遣いがバスルームに響く。
「博也、ひろ......」
 名前を呼ぶ度に愛しさが増していく。
 春樹は欲望に突き動かされるままに、猛る自分のモノを慰めた。
 脳内で浮かぶのは、今しがたの行為とは真逆のこと。
 自分よりも細身の博也の身体を抱き締めて、反り返った性器の奥にある秘めた部分に自分の欲望を突き入れて。
 想像の中の博也は、自分の手で施される愛撫に甘い声を上げて鳴いてくれた。
「ッ............ふ」
 泣きそうな顔で抱きついてくる博也の中で、自分がされたように絶頂を迎えたところで、春樹はハッとした。
 いつの間にか現実でも達している。
 しゃがみ込んでシャワーを浴びながら、春樹は手から白濁が水に混じって排水溝に流れていくのを眺めていた。
 不思議な気分だった。
 博也に抱かれることは何度か想像したことはあったが、逆を想像するのは初めてだった。
 けれど、自分の心に素直になれば良くわかる。
 博也に身をゆだねるより、自分は博也を愛したいのだ。
 すとんと納得しながら、シャワーを止めると身体を拭いて、春樹はよろよろと博也の眠るベッドに向かう。
 受け入れた場所はまだ何か入っているような感覚が残るし、精液を出したせいでさらに身体に力が入らない。
 それでも博也の眠るベッドに潜り込むと、寝ている博也を見つめる。
 寝てる姿は年齢よりも幼い。春樹は博也を起こさないようにそっと身体に手を回す。
 ぐっと力を込めて抱き寄せると、博也が眉間に皺を寄せるのが見えた。
 起きるかと思って身動きを止めるが、博也は体温を求めるように春樹の背に手を伸ばす。
 そしてそのまま居場所を探るようにしばらく動いていた博也だったが、やがて良いところを見つけたのかそこで穏やかな寝顔になった。
 自分の胸に顔をうずめる博也に、春樹は表情を緩ませる。
 気分を良くした春樹は、博也の額に口付けを落とした。
「愛してる......好きだ博也」
 聞いていないことは承知しながら、春樹は眠りに落ちるそのときまで、甘く囁いていた。

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