インナモラートの微熱05

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 文化祭の打ち合わせで進行役を努めることになった渉は教壇に立ち、教室内を見回す。
 渉と視線を合わせるものは殆どいない。重い空気が場を支配している。
 会議は行き詰っていた。
 黒板には『第1回文化祭会議』とかかれ、いくつか催し物の立候補が出ているものの、未だに催し物が決まってない状態だった。
 六時間目の授業を潰して会議では決まらず、放課後の時間まで突入している。

 はっきりいってクラスの雰囲気は最悪だった。

「......なんか、これっての、ありませんかー?」
 渉も頬をひくつかせながら、何度目になるかわからない呼びかけをする。
 無言のクラスメイトから視線は集まるが、誰もこれといった意見が出ない。
 渉も早く帰りたくて仕方がないが、こういったとりまとめがしたことがない渉はここで適当に決めていいものか判断しかねた。
 ちらりと自分の斜め後、黒板の前に立ち尽くしている清水を見やる。
 書記を買って出た男は、渉と目が合うと口元の笑みを深めた。
 ガンバレ。そんな無責任な声が聞こえる気がする。
 学級委員長に選任されるだけあって、清水は人をまとめることに長けている。
 喧嘩の仲裁や、相談ごとにも引っ張りだこのようだ。
 ここで清水が何か言ってくれればあっさりまとまるだろうに、男は一言も口を挟まない。
 補助しかしないと言った手前、無用な口出しはするつもりはないのだろう。
 きっちり一線引いた態度を取った渉に清水の態度は変わらなかった。
 何を考えているかわからないが、ないことになったのならそれでもいい。
 にこにこと微笑むだけの清水から視線を外し、立候補として出ている案を見やる。
 丁寧に黒板に書かれたのは『女装喫茶』『演劇』『お化け屋敷』の三種類だ。
 文化祭はクラス単位での催し物もあるが、部活動単位でも企画される。
 だから部活動をしているものは掛け持ちでどちらにも顔を出さなければならない。
 『女装喫茶』はイロモノ扱いで面白だろうという意見と、そんなことやりたくもないという意見が対立しすぎて硬直状態。
 『演劇』は演劇部がどうせやるのに、完全な素人がやっても客が入らないだろうという意見多数だった。
 『お化け屋敷』は昨年とても盛況だったクラスがあって、今年もやるだろうという予想がついている。
 ちなみに去年の渉のクラスはポイントラリーをしていたが、今回は教室内でできるものという制限がついたため、できなくなった。
 渉はちらりと時計を見やる。
 意見が出なくなって三十分。そろそろ決めないとどうしようもない。
 だがどこか緊張感を孕んだ教室では、誰も手を上げる雰囲気ではなかった。
「なあ......なんかいい意見ない?」
 こう着状態に痺れを切らした渉は、そっと清水に囁いた。
 昨年やったポイントラリーも、確か清水が出した意見のはずだ。
 きっと今回もなにかあるはずだろうと期待の目を向ける。
「んー......そうだな」
 ないよと断るわけでもなく、清水は楽しげに腕を組む。
「あるならホント、頼むよ......」
 渉の声に焦りが含まれていることに気づいたのか、清水は軽く頷いて身体を近づける。
 また、ふわりとあの香り。
 渉が驚いて硬直していると、耳元で囁かれた。
「滝沢、なんか言いたそうだから指名してみれば?」
 たきざわ?
 その助言に従って、渉はクラスメイトに視線を向ける。
 滝沢は比較的大人しい生徒で、身長もあまりないせいかクラスでもそれほど目立たない存在だ。
 見た目は悪くないが、どこか根暗なオタクといった印象しかない。
 滝沢は渉をじっと見ていたらしく、目が合うと戸惑った素振りを見せた。
 だが、目が合ったことで決心がついたのだろう。ガタン、と大きな音を立てて滝沢が立ち上がった。
「あ......の、さ!」
 ばらばらとクラスメイトの視線を受けた滝沢は、真っ赤に赤面している。
「えっと、あの、.........プラネタリウムとか、どう、かな......」
 後半は霞むような声だったが、滝沢の意見はしっかり教室に聞こえたらしい。
「プラネタリウム?」
「って、あれ? 星見るヤツ?」
 新たに出た意見にクラスがざわめき始める。
 清水は落ち着いた様子で黒板にプラネタリウム、と付け足した。
 渉はむっと顔をしかめて滝沢を見てしまう。
 プラネタリウムなんて冗談じゃない。真っ暗な空間をわざわざ作るなんて。
「投影機は、自作すればいいし、作るのも難しくないよ! 好きな音楽と一緒に、ナレーションとか入れると、結構面白いと思う!」
 ところどころ声を震わせながら力説する滝沢に、クラスの半分は興味を持ち、もう半分は白けた空気を出している。
「でもなんか地味じゃねー?」
 やる気のなさそうな声が上がり、渉はしめた、と口を開く。
「だよなー。俺もそういうのはちょっと......いろいろ準備すんのも多そうだし」
「あ......」
 渉が明らかに反対する意見を口にすると、みるみるうちに滝沢の勢いがなくなっていく。
 元々それほど自分の意見を通すほど我が強くない滝沢は、意気消沈したように自分の席についてしまった。
「じゃあ他に......」
「僕はいいと思うけど」
 流れたとばかりに渉が声を張り上げると、それを遮るように声が被さった。
 ハッとして振り返る。
「いいんじゃないか、自作のプラネタリウム。凝ってるし、そんなに大きくなければ教室でもできるんだろう。なにより女の子も好きじゃないか、そういうの」
 清水の言葉にざわっと教室の空気が一変した。
 『女』という単語に反応してるのが丸わかりで渉はうんざりする。
 当日は門戸を開いて地域の人々も受け入れる予定だ。
 無論、他校の女子も楽しみに来るだろう。
「でも、どうせちっぽけなもんしか......」
「ぎゃ、逆に小さくてもいいんじゃないかな?ある程度仕切って、カップル席っぽくすれば、周囲とか気にならないで見れると思うし」
 清水の後押しを受けた滝沢が、ぎゅっと拳を握って声を出した。
 渉の内心の苛立ちが表情に出たのか、目が合った滝沢は僅かにびくついた表情になった。
 滝沢を睨みつける渉の横顔を、清水はどこか思案しながら眺めた。
 ざわついたクラスメイトは、渉の思惑とは別の方向に話を流していく。
「いいんじゃねの?プラネタリウム」
「清水がああ言ってるしな」
「俺、彼女つれてくる!」
 渉が危惧していた方に、話が流れていく。
「ええ、ちょ、マジでお前らそんなんでいいのかよ」
「長谷川は駄目な理由とかあるの?」
 呆然と呟いた渉に清水が尋ねてきた。
 咄嗟に口を開く渉だが、声にはならずにすぐに閉じる。


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