インナモラートの微熱5度02

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 興奮で思わず涙ぐむ渉に、滝沢は少し驚いた顔になる。
「ちょ、泣かないでよ」
「泣いてねえよ。俺の目から出るのは鼻水だ」
 目元を拭い鼻を啜りながら平然と言い張った渉に、滝沢はぷっと吹き出す。
 くすくす笑われて、渉は居た堪れなくなって肩を竦めた。
「長谷川って面白いんだね。僕知らなかった。......清水くんが話してるのは義務なんだと思ってた。委員長だしね」
「清水は俺が割ってないって信じてくれてるんだ。......あ、や、だからって滝沢に信じろなんて言わねえけど」
 そう告げると、滝沢は不思議そうな顔をしてから少しだけ表情を曇らせる。
 その表情が気になって、教室に戻ろうとしていた渉は足を止めた。
「滝沢?」
「僕、誰の味方とかそういうの苦手だから言うけど、清水くんはみんなと話しているときは長谷川がやったことだと言ってるよ」
「......そういう風に話を合わせてるんだろ。でなきゃ......いろいろ支障が出るかもしれないし。今でさえ俺に構うことで清水だって何か言われてるのは知ってる」
 渉だって人と関わりあうのが好きでなくても、嫌われるよりはやっぱり好かれていたい。
 だから清水が話を合わせることはあるのだろうと思った。

 ......ショックだけど、仕方ない。うん。

 自分を慰めている渉に更に滝沢は言葉を重ねる。
「半球が割られたのは、あの日の前日じゃないかって話だよ。夜に君が忍び込んで、割ったんだって。職員室の鍵を持ち出して、中に入って割ったんだろうっていうのがみんなの推測。翌朝来てたのは、真面目に作業してるってアピールでみんなを騙そうとしてたんじゃないかって話」
「......え?」
「でも証拠がないから、糾弾するのは止めようって。......それを言ったのは清水くんだ」
 そんなことを言うはずがない。
 そう否定しようと口を開いて、渉はそのまま絶句した。
 清水は渉が夜、目が見えないことを知っている。
 渉は他人にはあまり知られたくない病気だが、あの日に清水には知られている。
「僕、嘘言ってると思う?」
 滝沢は真っ直ぐ渉を見つめた。
 その表情は嘘を言っていないようにも見える。
 だが、清水がわざわざ自分を陥れようとするとは思いたくない。
「.........わかんねぇ」
 ゆっくり小さく首を振った。
 清水を信じたいのが本音だが、滝沢が嘘をつく理由もわからない。
「それでいいと思う。僕が長谷川を信じないのと一緒だよ。僕、長谷川のこと知らないから、長谷川が割ってないなんてそう簡単に思えないもん」
 滝沢の言うことはもっともだ。
 人を信じるのは難しい。
 信じられるような行動をしなければ、信用に足るとは思われないだろう。
「......教室、戻るんでしょ。じゃあ僕行くから」
 立ち尽くす渉をしばらく無言で眺めていた滝沢は、箱を手にしたまま去っていった。
 滝沢は半球をどこかに隠してから帰るのだろう。
 渉に隠し場所を見せないのは、信用していないからだ。
 滝沢は自分の立場をはっきり示していて好ましいと思う。

 ......清水はどうだろう。

 信じてるとすぐ言ってくれた。その言葉に偽りがないのか。

 それとも滝沢が言ったこと自体、俺を完全に孤立させるための嘘なのか。

「......ああああ、わっかんねえ......!」
 考えすぎて気持ち悪い。
 がしがしと髪をかき乱した渉は、苛立ったままがんっと壁を叩いた。

 俺は、どうしたいんだ。

 渉はそれさえわからずに、途方に暮れてしまう。
 だがこのまま突っ立っているわけにもいかず、教室に向かった。
 そこには清水が待っているはずだ。
 教室を覗くと、清水が自分の席で本を読みながら待っていた。
 他には誰もいなく、ひっそりと覗く渉に気づいていない。
 真っ直ぐ伸びた背と真一文字に結ばれた唇。とホクロ。
 視線は手元の本に落ちている。
 真面目で頼りになって委員長としてもクラスをまとめている。
 渉が信じたいと思うのは、一年のころからそういう清水を見ていたからだ。
 そうだ。
 キスマークを見て気にする前から、清水のことを見ていた。
 そっけない渉にも優しくて、それとなく気を回してくれた。

 もし、清水がそう言ったことを言っていたとしても、信じるのは、信じたいのは清水だ。

「あれ?渉、声かけてくれればいいのに。終わったんだ?」
 本を閉じた清水は、渉に気づいて立ち上がった。
 いつものように自分と渉のカバンを手に渉の元まで歩いてくる。
 向けられるのは甘く優しい笑顔で、これが嘘だなんて思いたくなかった。
「ああ、いつも待たせてわりいな」
「ううん。一緒に帰れるのが嬉しいから」
 清水は渉が学校に残っているのは、滝沢の作業を眺めているだけだと知っている。
 それでも嫌な顔はしなかった。
 はにかむような表情に、信じようと決める。嘘であっても清水を信じる。
 そう決めると気が楽になった。
「行こうぜ」
「うん」
 帰り道は他愛ないことを話して、暗いところでは肩を借りた。
 家に着けば、清水に上がってもらい部屋で寛ぐ。
 寛ぐといっても、大抵はベッドの上にいることが多かった。
「今日、メシ食べていく?」
「そうだね」
 隣に座った清水に腰を抱き寄せながら尋ねる。
 二人きりだと清水はよく密着する。
 付き合いたての恋人同士ならこんなものだろうと、若干の羞恥心を感じながらされるままになっている渉である。
「ん......っ」
 最初はベッドに腰掛けていただけなのに、腰を抱き寄せられてキスをされる。
 見た目とは裏腹にそのキスは刺激的だ。
 あまり慣れていなかった渉も、連日の行為にぎこちないながらも反応出来るようになる。
 唇を舐められればその舌を受け入れるように口を開き、舌先に吸い付く。
 送り込まれる唾液を喉を鳴らして飲み干した。


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