インナモラートの微熱5度05
結局昼休みは実習室にいけなかった渉は、放課後実習室で半球を眺めていた。
滝沢は渉の隣でぐったりと作業台に伏せている。
色んな角度から球体を眺めていた渉は、滝沢の頭にその半球を乗せた。
「お疲れ。穴全部空いてるっぽいぞ」
「ホント?よかった。でも凄いギリギリかも。これスプレーで黒くして、乾くまで待たなきゃなんないし」
塗料が落ち着けば、実際に組み合わせて設計通りに動くか試さなければいけない。
明日は前夜祭だが、その最中に可動実験ができれば万々歳といったところか。
残った作業を上げて指折り数えて、できるかなとぼやいている滝沢に、渉はそわそわと身じろぎする。
「あのさぁ......滝沢、その塗装って俺がしちゃ」
「駄目」
「だよなー......。あー、どうせわかってんだけどよ。ちょっと言いたかっただけだよくそ」
拗ねて足をぷらぷらさせる渉に、少しだけ笑った滝沢は二つの半球を手にした。
クラスに戻ってスプレーで塗装するのだろう。
その作業は大葉あたりがするのかと思うと、更にいじけてしまう。
「......これ、ちゃんと当日できたらさ」
「うん?」
すぐに戻るかと思ったのに、滝沢は足を止めて振り返った。
「長谷川も見たら? みんなちゃんと頑張ったから、音響とかも凄いよ」
「......いや、俺はいいわ。その方がいいだろうし」
一致団結して作り上げたその催し物は、クラスメイトには一生の思い出になる。
そこに自分の影はないほうがいいだろう。
清水が見るだろうから、感想は清水に聞こうと伸びをした。
渉は滝沢と一緒に戻るつもりはない。
クラスで作業するのなら、もう少し時間を空けてから戻ろうと寝に入る体勢になる。
実習室には完成したさまざまなものが置かれているのみで、渉と滝沢しかいなかった。
寝るには静かでいい。
「そ。きっと綺麗だよ?もったいないよ」
「どうせ見えねえしなあ......」
真っ暗な中でナレーションや音楽だけ聴いていてもつまらないだろうと、何気なく呟いたつもりだったのだが、それが滝沢の琴線に触れた。
「......は?なにそれ。失敗するってこと......?」
「ち、ちが......!」
滝沢の声に、ぞくりとしたものを感じた渉は慌てて否定した。
いつの間にか滝沢との力関係が逆転しているのをひしひしと感じる。
「俺、目がわりいの! ちょっとでも暗いと何も見えないんだよ! 豆電球の明かりなんて俺は真っ暗にしか感じねえんだから、プラネタリウムなんて何も見えねえんだよ!」
慌てて自分の事情を説明すると、滝沢はあんぐりと口を開いた。
「全然見えないの?」
「昼間はへーきだけどな。ちょっと暗いとマジやばい」
「.........それでどうやって半球壊しに入ったの?」
心底不思議そうに問われた。
その表情から、滝沢がやっぱり自分を疑っていたことを知る。
なんだか全身の力が抜けてしまった。
「......嘘だよ。今の話、全部」
どうせ何を言っても信じないんだろうと、開き直った気持ちでうそぶく。
そんな渉に滝沢は静かな眼差しを向けた。
「長谷川ってなんだか、いろいろ不器用なんだね」
至極淡々と言い切った滝沢は、そのまま実習室を出て行った。
渉はそのままずるずると横になる。
言いたくなかった病気のことを自らばらしてしまったが、滝沢は特に同情するそぶりも見せず、態度も変わらなかった。
おそらく噂のことも知っているのだろう。
今は文化祭のことがあるから話をするが、終われば滝沢との接点はなくなる。
少し寂しいがそれはそれで仕方がない。
いつ、どのタイミングでクラスに戻るか考えながら、渉は目を閉じた。