騙すなら、身内から-4
コンコン。
真宏が、軽く達樹の部屋をノックする。
「はい」柔らかな達樹の声がしたあと、ゆっくりとドアが開いた。
「......こ、こんにちわ」
なぜか真宏と腕を組んだままの俺は、裏返った声で達樹に挨拶をする。
真宏は、俺の脇に立ったままで何も話さない。
達樹の反応を見るのに夢中だった俺は、真宏の表情にまで気を配れなかった。
「こんにちは、悟くん。どうぞ入って」
達樹は腕を組んだ俺たちに関しては何も言わずに、いつも穏やかで美しい笑顔で俺と真宏を迎え入れてくれた。
部屋の中にあったぬいぐるみは、幾分片付けられていた。
小さなものがニ、三個あるだけで、ずいぶんとシンプルになっている。
確かに、あのぬいぐるみ満載の部屋を見たら、いくらなんでも真宏だって引くかもしれないと思っていた俺は、少しだけ安堵した。
どうせなら、親友にだって恋人のこと認めてもらいたいもんじゃねえ?
「2人ともそこに座って」
達樹はにこやかに、床に置かれたクッションを指差した。
「今、飲み物用意するから。悟は、カフェオレでいいよね。......えーっと、お友達くんは紅茶とコーヒーと、カフェオレ、どれがいい?」
「コーヒー。ブラックで」
そっけない態度で真宏が告げて、それに対しても達樹は何も言わずにキッチンスペースに移動してくれる。
達樹が離れたのを見計らって、俺は真宏と組んでいた腕を解いた。
「てめ......なんだよ偉そうな態度しやがって。達樹......先輩は目上だぞ?敬えよ!」
「......」
低い声でぼそぼそと怒鳴って睨んでも、真宏は飄々としている。
しかも、俺の方には見向きもせず、じっと達樹の背を見ていた。
見ているというより、睨んでいるという風情だ。
思わずわき腹にエルボを入れると、さすがに痛かったらしい真宏はようやく俺を見た。
「別に普通だろう」
しれっと言い切る、幼馴染がムカつく。
「嘘付け。俺にはそんな態度とらねえじゃねえか」
「そりゃお前は......」
瞬きをした真宏は、そこまで言って言葉を切る。
「なんだよ?」
「......別に」
俺が重ねて尋ねると、真宏はぷいと顔を逸らした。
けっ......気にくわねえ。
「そこ座ってろボケ」
真宏の態度にイラッときた俺は、真宏を適当に座らせると、達樹の手伝いをするために、狭いキッチンスペースに向かった。
「達樹、俺手伝います」
「え?別によかったのに」
ドリップオンでコーヒーを落としていた達樹は、慌てて近づいてきた俺に満面の笑みを向けた。
そこには、真宏の態度に気分を害した様子もない。
「眞田、真宏くん......だっけ?」
呟きながら、達樹は視線をちらっと真宏に向ける。
途端に、真宏の視線の鋭さが増したようだった。
真宏に背を向けて達樹の隣に立つ、俺のうなじがちりちりとする。
あんにゃろ......俺の恋人睨みやがって。
笑ったまま楽しそうな達樹の代わりに、俺がぎろっと真宏に視線を向けた。
「......礼儀がわかんない馬鹿で、すいません」
睨んだまま、真宏には聞こえないよう達樹にそっと小さな声で話しかけた。
俺の言葉に達樹は軽く笑う。
「ううん。......とっても、悟を大事にしてる親友なんだね」
冷蔵庫から取り出したミルクを電子レンジで温めながら、達樹は面白そうに呟く。
その呟きを聞いた俺は、不思議に思って首を傾げた。
俺を、大事にしてる?んな馬鹿な。
無言でじっと見つめると、達樹がふわりと笑った。
「さとる......真宏くんとは、付き合ってないんだよね?」
「はあ?!」
思わず、大きな声が出てしまう。
ハッとして口を押さえ、それから俺は、ぶんぶんと首を振った。
どうして、付き合ってるとか、そんな話になるんだ?
真宏は、仲はいいけど単なる親友なだけなのに。
「そう。それならいいんだ。......じゃ、これ持っていってくれる?」
達樹は俺に二つのマグカップを手渡した。
一つは乳白濁のカップ。もう一つは真っ黒な液体の入ったカップ。
「......はぁーい」
達樹にコーヒー入れてもらうなんて......生意気な。
自分だって甘く美味しいカフェオレを入れてもらったにも関わらず、真宏に対して変な敵対心を持った俺は、不貞腐れた返事をする。
とっとっと、と歩いて真宏の目の前に来た俺は、真宏にカップを差し出しかけて動きを止めた。
「どうした」
真宏が、俺を見上げてくる。
床のクッションに座った真宏の目線は俺よりも低い。
俺はそんな真宏を見返すと、へんと鼻で笑って、真宏のために入れられたコーヒーをごくんと一気に飲み干した。
「......」
真宏は、驚いたようなどこか呆れたような表情で俺を見る。
ふん。達樹に対して態度悪いお前が悪い。
熱いコーヒーで火傷してしまった俺は、顔をしかめながら真宏に空になったカップを差し出した。
カップを受け取った真宏は、無言でそれを覗き込んでる。
しっかし苦い。
ブラックコーヒーは、繊細な俺の舌には合わない。
真宏と距離を置いて腰を下ろすと、俺はカップを両手で持つ。
火傷したためにふうふうとカフェオレに息を吹きかけ、少しだけ啜った。
ん。甘くて美味い。
達樹の愛情が感じられるカフェオレに、俺の気分はちょっぴりだけ良くなった。
「お待たせ」
達樹も戻ってきて、ベッドに腰を下ろす。
茶色の綺麗な瞳は、俺の隣、眞田真宏に向けられていた。
根性の悪い俺の幼馴染はじろっとそれを見返す。
くっそ......達樹を睨むんじゃねよ。
俺はつんつんと真宏を突いたが、それにも反応がなかった。
達樹はいつものように月の淡い光のような笑みを浮かべる。
「徳岡が、今年はいい一年生が入ったって喜んでたよ。真宏くんは、サッカー部だよね」
「え?」
達樹が滑らかに出した話題に、真宏が驚いた顔になる。
「徳岡先輩、知ってるんですか?」
「もちろん。よく観戦にも誘われるんだ。去年より今年は上に行くんだって、俄然気合が入ってたよ」
「そうなんですか」
ふふ、と笑った達樹に対し、少しだけだが真宏の雰囲気が変わった。
え。なに。今の会話だけでなにがどうした。徳岡って誰だ。
わけのわからない俺は、2人の会話に耳を傾けるしかない。
「真宏くんはフォワードなんでしょう?」
「希望なだけです。まだずっと基本ばっかりで、フィールドに入っていないので、監督の希望によっては変わることもあるかと思います」
「あれ?それぞれのポジションに特化したプログラム組んでるって話聞いたけど」
「......何人かのグループに分かれてメニューこなしているんで、よくは......」
そこで、真宏は少し考える仕草をする。それを見た達樹は、少しだけバツが悪そうに口元を押さえた。
「へえ。じゃあ一年生には言ってないんだね。ごめん。内緒にして」
「わかりました」
首を傾げて手を軽く胸の前で合わせる達樹。
少し上目遣いなのが、無意識らしい演出でなんとも愛らしい。
これが、俺に向いていれば、もっと良いはずなんだけど......。
むすっとした俺は、真宏の隣から動いて、達樹の隣に座った。