ジョニー・ウォーカー

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 彼を探しているのだと僕が告げると、酒場の亭主は驚いたような表情をした。
 次いで、改めて何かを確認するように僕の全身をじっくり見回す。
 荒原の砂を含む強風を避けるための足元までの薄汚れたマントに隠れた小さな身体。同じく風を受け流すためにつばの小さいカウボーイハット。その下から覗く顔は、亭主の目にはまだ幼く映ることだろう。
 案の定亭主の顔が曇ったのを見て、僕はハットを手に取りもう一度亭主に頼み込んだ。
「彼を探してるんです。この辺りにいると聞きました。場所を知っていたら、教えてください」
 表情を曇らせたということは、この亭主は何かを知っているのだ。
「お前さんも賞金稼ぎか。こんなに小さいのに......あの男はやめておけ。大の男が三人がかりで殺そうとしても、死なない不死身の男だ」
 どうしても彼に会わなくてはならない僕は、見た目だけで首を振る亭主を見て、カウンターにコインを置いた。
 それを見て亭主は肩を竦ませる。何も言わないという素振りだ。
 だが、枚数を増やしていくと、わずかだが表情が変わった。
 こんな辺境の地にある寂れた酒場だ。その昔の女神の横顔が描かれた金のコインに、心が動かされぬわけはない。
「場所を、教えてくれるだけでいいんです」
 ここぞとばかりに、僕はそう訴えた。
「........................店を出て、東に真っ直ぐ行くと共同井戸がある。そこを右に曲がればヤツが入れ込んでるカティって女がいる宿がある。バランタインという宿だ」
 カウンターの上からコインを掠め取った亭主は早口にそう教えてくれた。
 目には悲壮感が漂い、金のために男の身元を教えたことを後悔しているような顔である。
「ありがとうございます」
 僕は礼儀正しく頭を下げると、ハットをかぶって外に出た。
 乾いた風が吹きつけて一瞬目を閉じかける。
 とうとう彼に会える。腰にぶら下げた愛用の銃の感触を確かめて、僕は足を踏み出した。


 バランタインは、女性がベッドのある部屋で男を待つ、いわゆるそういう宿の一種だった。
 下半身産業は栄えているらしく、派手で下品な看板が掲げられている。
「こんなところにいるなんて......」
 顔をしかめて呟いた僕は、ドアを開けて中に入った。
 フロントにいる男が新たな客に目を輝かせるが、僕の容姿を見てすぐさま落胆したような顔になる。
 賞金稼ぎの外見は、見ただけでわかりやすいのがいい。
「カティさんがいる部屋を教えてください」
 そう伝えると、男は頭を掻いた。
「またアイツ狙いかよ......なあ、アイツに手を出して無傷だった人間はいないんだぜ、知ってんのか坊ちゃん。諦めて遊んでいけよ、天国が見られるぜ」
 いい女がいるのだとリストを取り出す男に僕は首を振る。
 女には興味がない。あの男に会えればいい。
「部屋を教えてくれるだけでいいです」
 僕は酒場の亭主に使った方法と同じ方法で、男に口を割らせた。
 教えられた部屋に向かうと、耳を打つ好ましくない甲高い喘ぎ声と、何かを打ち付けるような音が聞こえた。
 そっと音を立てずにもらった鍵でドアを開ける。
 男の後姿と高く上げられたつま先。揺れる腰は男が女と結合していることを示している。
 不愉快な思いで、僕は銃のグリップを握りトリガーに指を掛ける。
 性交することに夢中な男は僕に気づいてない。
 腹立たしさを隠しもしない僕は、銃口を男の後頭部に押し付けた。
「!」
 それで男がはっとしたように振り返りかける。だけど、それよりも僕がトリガーを引くほうが早い。
 パンっと乾いた音が部屋に響き、軽い振動が僕の右手に伝わった。
 大きな悲鳴を上げる女性。僕が「早く行ってください」とこの場を離れるように促すと、シーツで身体を隠すこともせずに部屋を飛び出して逃げてしまう。
 はしたないとは思ったが、追いかけて服を手渡す暇はない。
「ってぇな......!」
 後頭部から眉間の間を弾丸は通り抜けたようだった。振り返った男の眉間には、その跡が残されている。
 頭を打ち抜かれても死なない人間。......いや、この男を人と呼んでは人類に申し訳がたたない。
「またお前かよ!しつこいんだよ!!ッ......いて!いてえって!」
 パンパンと僕の銃から弾丸が飛び出していく。そのたびに男が悲鳴を上げるが、悪態をつくだけの元気はある。
 胸を打ち抜かれても、腹を弾丸がえぐっても、痛みを感じることはあれど、彼が絶命する瞬間は訪れなかった。
 飛び散る血は少量で、先ほど撃った眉間の銃痕は今にも塞がりかけていた。
「主人をないがしろにする妻は許せません。浮気を許すのも最後だと、この間言ったでしょう。お仕置きしますからね」
「誰が妻だ!俺は納得してねえ!!」
 全裸の男は腰元を布で隠して怒鳴った。僕は軽く片眉を上げる。
 あれだけ身体に思い知らせたというのに、まだわからないのか。
 悲しい気持ちでため息を付いた。
「そういう眼差しで俺を見るんじゃねーよ!馬鹿にしてんのか!?」
「だって本当に馬鹿だから」
「んだと?!」
 心底しみじみと告げると、男は牙をむいて僕を威嚇した。
 尖った歯は、人ではないものの証。倒すには銀の弾丸で心臓か脳を打ち抜くか、太陽の光に晒さなければならない。
 僕の銃に込められた弾丸は単なる鉛だから、男にとっては痛いだけだ。
 尋常ならざる者の動きで、彼は動いた。殴りかかろうとする男を冷静に見返して、僕は小さな瓶を頭上に投げる。
 それを狙って打ち抜くと、中の水滴が飛び散った。
「ぎゃ!」
 目に入ったらしく、男が痛みに顔面を押さえる。
 僕が撃った小瓶に入っていたのは聖水だった。これも痛みを与えるが、殺しまではしない。
 出来た隙を見逃さず、僕は銃から手を離して木の杭とハンマーを取り出した。
 あとはお分かりだろう。
 足で蹴って男をベッドに仰向けに押し倒し、その心臓を杭で打ちぬく。
 一発で自分の胸にめり込んだ木の杭を、男は信じられないものを見るように見下ろした。
「ぐ......っ」
 引き抜こうとするが、それはしっかりベッドのスプリングに入り込んでしまったらしく引き抜くことが出来ない。
 それは僕にとって好都合で、男にとって絶望的になる状況だった。
「まっ......」
 男らしく整って凛々しい顔を歪ませて、焦ったように手を伸ばす。
 僕はその手を絡めとって、そっと甲に口付けた。
 すぐに嫌そうに振り払われてしまうが、僕は構わない。
 なんてったって彼は僕の大好きな奥さんなのだから。浮気は許せないけど、でもお仕置きしたら仲直りだ。
「待て!待てってコラ!は、話し合おう!」
 僕が男の膝を割り開いて腰を抱える。既に猛っていたものは、ジッパーを下ろすとびぃんと飛び出てきた。
 その大きさを見て、ひぃっと男が顔を青ざめさせた。僕のは人より大きいらしい。
 先ほどまで人間の女性と交わっていた場所で、大事な妻と身体を重ねるのはいささか気が進まないが、お仕置きには迅速さが求められる。
 悪いことをしたらその場で叱らなければ意味がない。
 痛みを与えようと、なおざりにローションを自分の物に塗りたくった。
 尻の奥の窄まりにソレを押し付けると、彼が息を飲む。
 その息が吐き出される瞬間を狙って、ずぶりと僕は己自身を彼に突き入れた。
「ん......っぐ、あ、ああ......!」
 苦痛に声を上げるが、思ったよりもすんなりと受け入れられた。思わず僕は顔をしかめる。
 前に僕が触ったのはもう半年も前だ。それから使ってないのなら、もう少し苦しみがあってもいいはず。
 そう考えると僕は身体の芯が凍りつくような気がした。
「......ねえ、もしかして、誰か他の人に触らせた?」
 思ったよりも冷えた声が出た。地を這うような僕の声に、彼は怯えたように首を横に振る。
「や、ってね......ッう、うそじゃ、ねえって......!」
「本当?じゃあちょっと『見せて』もらうね」
「ッ......やだ!やだやだや......ッ」
 急に癇癪を起こした子供のように、暴れ出した男の腕を僕は無理やりにねじり、きめ細やかな肌に視線を滑らせる。
 彼の目には、伸びた僕の牙が見えるに違いない。
 大きく口を開けた僕は、彼の首に噛み付いてその牙を立てた。
「う、あ......っあ、ん」
 牙には噛まれた相手を麻痺させるのと同時に、快感を与える毒が注入できる穴がある。毒蛇が食らい付いて毒を回らせるのと同じ要領だ。
 更に僕には特殊能力があって、相手の『血』を通して相手の記憶を見ることが出来た。
 記憶の中の彼は。
『っあ、や、......っあん!......くそ、あ......っとまんね......あのばか、早く............早く、俺を見つけて......』
 甘い声で鳴きながら、自ら後孔を弄ってほてる身体を慰めていた。
 血を飲んで動きを止めた僕に、彼は真っ赤になって首を横に振った。
「なに、見てるかしらねえけど!それ嘘だから!別人だから!!」
 必死で言い募る彼に、ぶわっと愛しさが膨らんだ。
 誰よりも強く束縛されることを望むくせに、その束縛がいつの日にか緩んでしまうことを恐れて、そうなる前に逃げ出してしまおうとする臆病者。
「ひっ、あ、ちょ......、っあ、はげし......!」
 僕が強く激しく出し入れを始めると、ベッドから離れられぬ身体を精一杯僕に近づけようと手を伸ばしてきた。
 追いかけられ、こうして組み敷かれて初めて甘える仕草を見せる。
 身体は陥落していた。けれど、意識はまだまだだ。
 受け入れる箇所は柔らかく僕を食んで離さないくせに、素直にならない口からは暴言ばかりが飛び出てきた。
「っ......しね!この、しんじまえ......!!」
「無理だよ僕上級だもん」
 彼が浴びて苦しんだ聖水も僕には効かない。肌に触れる前に聖水の方が蒸発してしまう。銀の弾丸だって握っても平気だし、朝日だって気持ちよくて好きなぐらいだ。
 そんな僕と一緒にいた方が彼は過ごしやすいはずなのに、わざわざ人間に混じって生きたがる。
 義賊のようなことをやらかして人に指名手配されたのは、寂しがりのヴァンパイアが存在を主張するため。......まあおかげで追いかける僕は賞金稼ぎと思われることが多いけれど、人間に引き渡したりなんて一度もしたことがない。
 こうしていっぱい愛して愛して、家に連れ帰るだけだ。
 どうせまた愛され過ぎるのが怖くて逃げ出すことはわかっているけど、今はいっぱい愛して溺れさせてやろう。
 今はこれが僕のお仕置き方法だ。
 ちゅっと口付けてうるさい口を塞ぐと、唇に噛みつかれて血を吸われた。
 痛いけれど、広がる幸福感とより興奮した身体に、甘い悲鳴を上げたのは彼の方だった。


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