8月-8
綺麗な涙だと思った。
俺なんかより、ずっとヤツのことを知ってるんだろう。
それだけ、悔しさもあるに違いない。
俺は深く息を吸って、ゆっくりと吐いた。
そして着ていたTシャツを脱ぐ。
靴も脱いで、靴下も脱ぎ捨てた。
「え、ちょっと、智昭さん?」
いきなり服を脱ぎ出した俺に、薫さんが驚いたような声を出す。
ボトムも脱いで、パンツも脱いだ。
薫さんと同じで、裸になった俺。
驚いた顔で瞬きを繰り返す薫さんに、俺は向き直った。
「これが俺です」
見つめると、薫さんがまじめな顔で俺を見た。
「見たらわかると思うけど、俺には何もない。性格だって良くないし、見た目だって貧相だ。あいつが俺を好きだという理由が、俺にはわからない。......薫さんはわかりますか。あいつが俺を好きだなんて、血迷う理由。わかるなら......教えてください」
俺は思ったことを口にする。
これは俺の、正直な気持ちだ。
今までになく話す俺に、薫さんはあっけに取られているようである。
「俺は......あいつにそういう意味で好かれてるって知って、い、嫌じゃなかった。嬉しいと思った。だから、困ったと思った」
「......どうして?」
「だって、恋人より友達の方がより深い存在でいられる。そんな風になりたかった。......俺は薫さんが羨ましい」
羨ましいと言った俺に、薫さんが破顔した。
「あはははは!」
心底可笑しいというように、腹を抱えて笑う。
涙まで浮かべて笑う彼女、いや彼。......彼女に、俺はややむっとしてしまった。
俺は真面目に聞いたのに、どうして俺が話すときは笑われなければいけない。
「ごめんなさいね。なんだか、可笑しくなっちゃって」
涙を拭きながら謝る薫さん。
でもやっぱり、口元は笑っていた。
「貴方の、そういう飾らないところを、和臣は好きになったのかもしれないわね」
薫さんは散々俺を笑った後、そうしみじみと呟いた。
飾らないところ、ねえ......?
俺にはわからない。
いいところなんてないと思うんだけど。
自分のいいところはどこか、腕を組んで考えていると、薫さんに肩を叩かれた。
なに?
そう視線で問いかけると、薫さんは薄く笑みを浮かべながら、かるぅーく俺の大事な息子さんを指で弾いた。
「な......」
思わず、両手で股間を覆って隠す。
「いつまでも裸でいると、風邪を引くわよ」
告げる薫さんは女性ものの下着を身に付けていた。
ついブラウスを羽織るところまで眺めてしまい、慌てて視線を逸らす。
体は男でも、薫さんは女性なんだから見ていては悪いだろう。
俺も、もそもそと服を身につけていく。
元通りになった俺は、ほっとしてベッドに腰掛けた。
「あ、そうだわ」
鏡を見ながら髪型を直していた薫さんは、ふと思い出したように俺を見た。
「智昭さん、和臣に迎えに来てもらう?ここ、どこだかわからないでしょう」
なんだって......?
俺の心臓が、急に走り出した。
「メールするから、智昭さん手を貸して」
え......あ、はい。
言われるままに手を差し出したら「左手も」と言われて両手を差し出す。
すると、キュッと布で手を縛られた。
......。
俺がその拘束された手を眺めていると、ベッド横になるように促される。
「あ、ズボンのボタン外して。あとチャックも。シャツは胸元ぐらいまでたくし上げて......そうそう。あとは目を閉じてくれるかしら」
俺が目を閉じた瞬間、パシャ、というケータイのカメラの音が聞こえた。
「やだわ。私写真撮るの上手じゃない?」
目を開くと、薫さんが呟きながらメールを書いていた。
起き上がって文章を覗き込もうとすると、「エッチ」と言われて見せてくれなかった。
......いったいどんな文章かいたんだろう......。
聞きたかったが、薫さんの笑顔が眩しすぎて尋ねることが出来なかった。
「ここね、ゲームとかカラオケもあるのよ。待ってる間、遊んでましょうね」
薫さんは俺の手首の布を外してくれる。
「それともアダルトビデオでも見る?」
その問いかけには、首を横に振った。
「暇つぶしにはいいと思うけど、智昭さん見たことあるのかな?」
ないけど、見なくていい。
首を横に振り続けていると、ギュッと薫さんに抱き締められた。
「憎らしいほど可愛いわね」
頬をむにっと引っ張られる。
さりげなく、微妙に痛い......。
痛いけど、なんだかその手を払えなくて、俺は薫さんに頬を引っ張られ続けた。
結局、俺たちはゲームをしながらコンビニ店員の到着を待つことになった。