番外編-5

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 ......。
「いただきます」
 昭宏も智昭くんも、真面目に手を合わせるとそれぞれ食事を食べ始めた。
「ちょ、ちょっと待って。ともあきさん、お子様ランチ、自分で食べるんじゃないの?」
「アイス、きらい。甘いカレーも、好きじゃねえ」
 当然の如く、智昭くんが答える。
「あ、昭宏。いつ智昭くんの注文する料理聞いたの?」
「あん?こいつの好みからすれば、その魚メニューしかねえよ」
 真っ先にアイスに口をつけた昭宏が、スプーンを咥えたままあっさりと答える。
 それを聞いた小野くんが、堪えきれず立ち上がった。
「このブラコン!甘いもの食べたいなら、自分で注文しろよ!!」
「うるせえな。そいつが自主的に注文したんだから、お前には関係ないだろ」
「......」
 あ、開いた口が塞がらない。
 怒鳴る小野くんの隣に座っていた智昭くんが、ちらりと私を見る。
 そのまま、気の毒そうにため息を付かれた。
 マザコンなら想像の範囲内だけど......ぶ、ブラコンって......。
 思わず、強くフォークを握った。
「......昭宏」
「あ?」
 小野くんの怒鳴り声に迷惑そうな顔をしていた昭宏は、私が声をかけると視線を向けてきた。
 いつもの昭宏。じっと私の目を見て、出方を伺っているみたい。
 握ったフォークを刺してやろうかと思ったけど、手は、開いていた。
 その代わりに握ったのは水の入ったグラス。
 勢い良く振って、その水を、私は昭宏めがけてぶちまけた。
「......」
 怒鳴っていた小野くんが、それを見て言葉を失くす。
 智昭君にいたっては、フォークに刺さっていたムニエルがぽろりと落ちていた。
 ぽたぽたと雫を髪から滴らせ、昭宏は私を見つめる。
「冷めちゃうから、早く食べましょ。午後は、このホラーハウス行きたい」
「お前、怖いの好きだったっけ」
「ううん。行くって言ったら、美菜子に是非!って勧められたの」
「そうか。じゃあ行くか」
 にこにこと微笑んで、私は食事に手を付ける。
 昭宏も、濡れたままお子様ランチを食べ始めた。
 ......負けるもんですか!!
 ここで引き下がってなるものかと、私生来の負けず嫌いが出ていた。



 微妙な雰囲気の昼食が終わった後は、私が希望したホラーハウスに向かった。
 昭宏は、私に水を掛けられたことなんか忘れたように、智昭くんに近づく小野くんの邪魔をしている。
 智昭くんをだしに、小野くんと遊びたがってるようにしか見えない。
 完璧な男の、過度な弟思いの性格。......というか、異常に仲の良い兄弟。
 互いが互いの食べたいものを相談もせずに注文して、それで交換するなんて、変わってる。
 前々から、昭宏が甘いものが好きなことは知ってたけど、それをあんまり好ましく思わってなくて、隠す癖があるのも知ってたけど、......なんだか、すごく見せ付けられた気分。
 智昭くんが女の子で、それでシスコンだったというよりは、マシなのかも。
 妹相手でそんなことされたら、たぶん私、くじける。
 怒鳴る小野くんと、それをあしらう昭宏を眺める智昭くんを盗み見る。
 弟くんは私の視線に気付くと、じっと黒い瞳で見返してきた。
 彼の弟にしては、影の薄い青年。
 考えてみれば、昭宏が前に自社倉庫で智昭くんを働かせたことといい、ブラコンの片鱗は出てたのね。
 ......でもなあ。
「ブラコンかあ......」
 私がふーっと深いため息を付くと、みんなが無言になった。
 あ、あれ?
 騒いでいたから聞き取られずに済んだと思っていた私は、軽く口元を手で押さえる。
 小野くんは気まずそうに頭を掻き、視線を合わせていた智昭くんはすっと視線を地面に落としてしまった。
「言いたいことがあるなら言えよ、沙紀」
 小野くんを軽く小突いた昭宏が、私に視線を向ける。
 落ち着いた光を灯す瞳。
 どうしてそんな落ち着いていられるの?
 むっと来た私は、じろっと睨みつける。
「ホントに聞きたい?すごく罵る気満々なんだけど私」
 絶対止まらないからね。言いたいこと言わせてもらって、すっきりするからね。
 きっぱり言い切ると、昭宏は一度目を伏せて、視線を上げた。
「いいぞ。全部聞く。......もしお前がわかれたいって言うなら、......それは、それで、考える」
「はあ?!」
 なんでそうなるの?!
 カッと来た私は、昭宏の脛を思いっきり蹴り上げる。
「智昭くん行こう!」
「え、あ......」
 痛みに顔を歪めてしゃがみ込んだ昭宏を無視して、私は智昭くんの手を掴んだ。
 驚くぐっと智昭くんの手を引っ張って、怒りに任せたまま歩く。
「かずっ」
 智昭くんは振り返って小野くんを呼ぶ。
「ともあきさん!」
 走り寄ってこようとした小野くんは、智昭くんが顔を横に振って足を止めた。
「昭宏、よろしく」
 そんなことを背後で言うのを聞いたけど、私は足を止められなかった。


 ホラーハウスは、思ったより空いていた。
 大きい洋館があるものだと思っていた私は、まるで普通の住宅街に紛れ込んだような和風の一軒家を見て、ぎゅっと手に力を入れる。
「沙紀、さん。手、痛い」
 その訴えに智昭くんの手を握っていたことを思い出して、私は慌てて手を離した。
「あ、ごめん」
 謝ると、智昭くんはふるふると首を振る。
 無言のまま入館の列に並ぶと、智昭くんも一緒に並んだ。
「戻っていいよ。私1人で入るから」
 親友の美菜子に、絶対行くと言い切ってしまったから、楽しむ気分じゃないけど、これはもう意地。
 無理やり連れてきた自覚がある私は、出来るだけ明るい声で戻るように促すと、智昭くんはまた首を横に振った。
 ......やっぱり、あんまり喋らない子ね。
 私もそんなに話したい気分じゃなかったから、無言で並ぶ。
 それほど長くなかった列が消化され、入館についての説明と暗いから、という理由で貸し出された懐中電灯を持つ。
 目の前には普通の民家のドア。
 窓にはわざとらしい目張りがされていて、中の様子は見えない。
 時折悲鳴が聞こえるから、やっぱり結構怖いのかもしれない。
 そっと私は、智昭くんを見た。
「智昭くん怖いの平気?」
「あんまり......」
 そう答えた智昭くんの顔は青ざめていた。
 やっぱりやめようかと言いかけたけど、ここまで来たら帰りにくい。
「......そっか。私もなの。昭宏に歩かせて、私しがみ付いて行こうと思ってたんだ」
 それで詳細は出た後に聞こうと思っていた、というと、智昭くんは少しだけ微笑んだ。
 柔らかそうに笑う表情は、やっぱり兄弟だからか、少し似ている。
 ドアが開いて、私たちは中に入った。
 抵抗はあるけど、普通に土足で進んでいいと最初に案内されたから、玄関を靴のまま上がって進む。
 ぎしぎしとわざとうるさく鳴る廊下。子供の足音と笑い声だけが背後から来て通り過ぎていく。
 たぶん、平静な時にきたら、物凄い怖いんだろう。
 現に、智昭くんはぴったり私にくっ付いて、物音がなるたびにびくびくしている。
「ぎゃ」
 智昭くんの短い悲鳴。ぎゅうぎゅう腕を捕まれる。
 ばたん、と急に廊下においてあった置物が落ちたとき、私は口を開いた。
「私ね」
「え?......うわ!」
「格闘技とか、大嫌いなの。自分が怪我するのも嫌だし、殴るのを見るのも怪我を見るのも嫌」
「でも、それじゃ、昭宏とあわな......っうぎゃ!」
 ずぼっと暗がりから伸びてきた手に、智昭くんが更に悲鳴を上げた。
「そうよ。昭宏の趣味を知ったとき合わないと思ったけど、でもそれで諦めたくなかったの。嫌いだけど、その趣味を理解するためにはどうしたらいいかとか、一生懸命考えたの。それで......」
「ひいいい!さ、沙紀ちゃんっ!つ、掴まれてる!!」
 智昭くんが、私の腕をぐいっと引っ張る。その逆からも、足を引っ張られた。
 顔が良く見えないように、長い髪を前に垂らしている女の人が這って、私の足を掴んでいた。
「ちょっと、大事な話してるの私。離してくれる?」
「は、はい」
 思わず素に戻ったようなおばけの声。こういうところで働く人も大変ね。
 まあそんなことはどうでもいいの。
 足を離してもらって、智昭くんと一緒に先に進む。
「嫌いなものも好きなる努力をしたし、料理だってしなかったけど、するようにもなった。好きな人のためなら、変わろうと思うのもありでしょ?」
 そう告げると智昭くんは、何か思うところがあったのか深く頷いた。
 それで気分が少しだけ浮上した私は、更に言葉を連ねる。
「それが何。私がちょっと呟いてため息ついたぐらいで、別れ話なるってどういうこと?ブラコンは確かにショックだけど、あの仲の良さを見たら、そりゃ嫉妬もするけど!......私に対しての想いって、その程度なのかな。どう思う?!ともあ、きく......」
 勢い込んで隣にいる智昭くんを見る。
 だけど、そこには誰もいなかった。
「あ、れ?」
 手にしていた懐中電灯で辺りを照らして、智昭くんを探す。
 暗い廊下に、1人。
 急に、ぞくっと来た。
「と、智昭くん?」
 廊下の脇の、襖が薄く開いていた。
 その奥から光が見えて、ほっとして近づく。
 近づくと、中に人がいるのが見えた。
 廊下の壁には赤い文字で『こっちだよ』のメッセージ。それが順路を示す言葉なのはわかっても、あまり気持ちのいいものじゃない。
 話に夢中になりすぎてたんだ私。
 智昭くんに置いて行かれたのだと思って、慌てて襖を開く。
 和室の部屋の、砂嵐のテレビの前に座る青年。
 着てる服が、智昭くんのものと似ていたから、疑いもなく近づいてしまった。
「やだな、おどろかせな......ひっ」
 その子は、智昭くんじゃなかった。
 振り返る人。
「きゃあああああッ!」
 ホラーハウスのスタッフ。
 生身の人間。
 そんなことはわかっていても、ぐるりと振り返られたその顔が、血塗られて(ペイントなんだろうけど)ぐちゃぐちゃになっているのを間近で見てしまって、私は思い切り悲鳴を上げた。
 逃げようとして、壁にぶつかる。
 懐中電灯を落とし、もう手探りになってしまった。
 ここに来てのあまりの怖さに、前後不覚になってどこに進めばいいかわからなくなる。
 怖がる来園者を驚かすのが仕事なんだろう、あーとかうーとか言いながら近づいてくるのを見て、私は。
 腰が抜けて、座り込んでしまった。
「もーいや!!来るなあ!!」
 血とか傷にはとても弱い私の脳裏に、先ほどしっかり見てしまったお化け役の人の顔がフラッシュバックされる。
 足を掴まれて、ぎゅっと目を強く閉じた。


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