そのいち-2

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 狭くて暗いカラオケの個室。
 春樹が歌う歌に、手拍子を加えるのは他校の女子高生。
 1人は春樹の歌にはしゃぐ様子を見せるが、もう1人は博也と抱き合うような体勢で耳元で何かを囁きあっていた。
 博也は今は春樹に興味なさそうな素振りをしている。
 だが、少しでもやる気のなさそうな態度を見せると、途端にじろりと睨まれた。
 それが嫌で、春樹は真面目に歌い上げていた。
「すっごいうまいね!」
 どうにか高得点を叩き出して安堵しながらソファーに腰を下ろすと、すぐさま手拍子をしていた少女が寄ってきた。
 隣に座り、短いスカートから覗く白い太ももに動揺してしまう。
「そうでもない」
 そっけない態度をとっても彼女はめげない。艶やかな唇が動き、笑顔で話しかけてくる。
「春樹くんってハーフなんでしょ?今日、博也が春樹くん連れてきてくれるって聞いて、マジで楽しみにしてんたんだあたし」
 茶色の艶やかでくるくると巻いた髪を指でいじりながら、じっと見つめられる。
 春樹は不快感を表さぬように、そっと目を細めて頷く仕草をするだけに留めた。
 見知らぬ相手に、自分の生まれのことを知られている嫌悪感。
 日本人離れした春樹は、現在でこそ羨望と嫉妬の眼差しで見られるような恵まれた外見に育ったが、幼少の頃は逆だった。
 肌の色が違うのと、私生児ということでずいぶん虐められた。
 そのおかげで軽く人間不信にも陥り、未だに友人はいない。

 傍にいるのは腐れ縁の、いじめっ子がいるのみだ。

「はるきー。次これ歌え」
「わかった」
 誰も歌を入れていなかったのか、博也がリモコンを動かすとすぐに曲が流れる。
 マイクを手にした春樹に、茶髪の女は少し不機嫌そうに唇を突き出し、それからやや遅れて手拍子をつけた。
 思うように会話が出来ないのが不服なようだ。
 それに気付いた博也に寄り添っていた女が、口を開いた。
 こちらはこげ茶のストレートロングが印象的な少女だ。博也の好みにしては大人しめな気がすると歌詞を見て歌いながら、春樹はちらりと視線を走らせた。
「博也も歌ったら。春樹くんずっと歌いっぱなしだよ?」
 そう訴える少女に、春樹は首を横に振っただけだった。
「春樹の後じゃ、俺下手過ぎて恥ずかしいからやーだ」
「ええ?それじゃ一緒に歌う?」
「むーり。ほら春樹の美声聞けよ」
 BGM代わりと思ってくれていいのに、わざわざ自分に注目を集められて春樹は人知れずため息をつく。
 苦痛とも思えるカラオケ屋での2時間。ほとんど春樹が歌を歌って終わった。
 春樹は本気で持ち合わせがなかったために、ワリカンを言い出されたら困るところだったが、一足先に部屋を出た博也が会計を済ませたらしい。
 すんなりとカラオケ屋を出た。
 この時点で、既に8時過ぎ。
 バイト先に連絡すら出来なかった春樹は、憂鬱で視線を地面に落とした。
 そんな春樹に声が掛けられる。
「メアド交換しよ?」
 そういったのは茶髪の女子高生。ずっと自分に寄り添っていた子だ。
 名前も知らない女子高生を見下ろして、春樹は少し眉尻を下げた。
「今、止められてるんだ」
 実際に言えば、止められたというのは語弊がある。
 携帯代を払えないため、停止状態にしてあるのだ。
 バイトも辞めることになった今、復活は程遠い。
 春樹が告げると、その茶髪の子はきょとんと驚いた顔になった。
「え、そうなの?」
「うん。俺自分のメアド覚えてないから。......何かあったら村瀬に聞いて」
 まるで親しげに呼ぶのも気が滅入るが、矛先を変えるためにはそう振ったほうがいい。
 博也ならどうにかしてくれる、と、春樹は少女に告げた。
 その声に応じるように、博也が春樹の背中に寄りかかってくる。
「ゆりなちゃん、コイツと連絡取りたかったら俺通して~。俺コイツのマネージャーだから」
 言うが早いか、春樹はそのまま博也に肩を組まれた。
 身近に博也の気配を感じると、身体の芯が冷えてしょうがない。
 慣れてはいるが、心地いいものではないのだ。
「なにそれ~!」
 きゃははと高い声で笑う少女。
 その少女に、博也に寄り添っていた少女が近づく。
「由利菜、そろそろ帰ろうよ。門限うるさいでしょ由利菜のとこ」
「うん!あ、ヤバもうこんな時間?!マジでやばいよ!博也、春樹くん、また誘ってね!」
 携帯で時間を確かめた茶髪の巻髪の少女、由利菜はそう言ってあっという間に姿を眩ましてしまった。
 春樹が呆然とそれを見送っていると、博也が大げさなため息をつく。
 そして残った他校の女子高生に睨むような眼差しを向けた。
「愛浬、アイツうざくね?」
 すると、呼ばれた少女はちらりと博也に視線を向けて、ふんと鼻を鳴らす。
「あんたよりマシよ。ちょっとは歌、歌いなさいよね」
「うっせ」
 仲良くしていた割には、ずいぶんとぎすぎすした雰囲気だ。
 そう春樹が思っていると、ぐいっと腕を引かれた。
「じゃあな愛浬。次はもっとマシな女連れて来いよ」
 そんな言葉を捨て台詞にして、博也は歩き出す。
 腕を掴まれたままの春樹は動揺して、博也と愛浬に交互に視線を向けた。
 すると、愛浬と目が合う。
「またね、春樹くん」
 ふわりと微笑んだ愛浬に見送られ、春樹は博也とともに、その場を後にした。


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