そのなな-3

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「俺も触っていいか」
「俺に?」
「ああ」
 博也は了承もしなかったが拒絶もしなかった。なので春樹は自分に都合の良いように理解して博也に手を伸ばす。
 手探りで上に乗る博也の胸板をなで、自分がされたことををそのままし返した。
 胸板をゆっくりとなで、なだらかな胸の頂点をまさぐる。
 そこを服の上からかりかりと優しく爪で引っかくと、反応を見せて硬くなり布を押し上げて薄く輪郭を見せた。
 次に服の上から突起を優しく摘んで転がすと、博也の肩が震える。
「っ、は......」
 声が漏れたことに驚いて伏せた顔を覗き込むと、薄っすらと赤い顔の博也に睨まれた。
「痛かったか?悪い」
「てめ......ちょっともう、俺にさわんな」
 不機嫌になった博也に手を払われ、春樹は両手を顔の脇に投げ出す。
 再度博也が春樹の体に触るが、春樹は黙ってそれを見ているだけで、あまり反応を示さない。
 あまりの反応の薄さに、博也が唸った。
「お前、良いのに我慢してんじゃねえだろうな......?」
「なんだ、さっきの良かったのか」
「......」
 しばし無言で見合う。なんとなく、微妙な雰囲気に包まれた。
「風呂入ってくる」
「......え」
 ふと息を吐いた博也は、そのまま起き上がってしまった。
「ひろ、え......っと、続きは?」
「しない」
 振り返りもせずに、博也は春樹の家の狭いバスユニットに消えた。
 横になったままだった春樹は、起き上がりながら複雑な心境で、博也に乱された服を元に戻す。
 すると言った割に、博也は春樹の体を愛撫するだけで、より深い触れ合いをしてこない。前にしたように、フェラチオを強要するようなこともなかった。
 体を重ねることに、春樹はもう覚悟は出来ている。
 むしろ下手に先に延ばされると、今度は逆に不安になってしまう。
 もしかしたら、やはり自分に触れるのは嫌なのではないかと。
 子供の独占欲で自分を離そうとしないが、それ以上のことは嫌なのではないか。
「感度も、悪い......し」
 春樹は自分で呟いておいてひっそりとへこんだ。
 こんな自分を抱きたいとは、もう思ってないのかもしれない。
 自分で導き出した結論に、憂鬱な気持ちに陥りながら春樹は夕食の支度をする。
 入浴を済ませて出てきた博也は、まだ先ほどの奇妙な雰囲気を引きずっているせいか、春樹の用意した夕食を黙々と平らげた。
 春樹も一緒に押し黙って食事を済ませた後、ざっと軽くシャワーを浴びて出てくると、博也はすでにゲームを始めていた。
「博也、勉強......」
「お前やっとけ」
 タイミングを見て声をかけるも、博也は春樹に見向きもしない。
 宿題じゃなくて勉強なんだけどと思いつつ、春樹はゲームに夢中になる博也の横で、自分の宿題と予習を済ませて寝る準備をしていく。
 その間、博也はずっとテレビにかじりついていた。
「ゲームもほどほどにな。昨日も寝ていないんだから」
「うっせえな」
 博也がいても規則正しい生活を続ける春樹は、12時を過ぎると布団に入り込む。博也の分も既に用意してあるが、博也はまだ寝る気配はない。
「おやすみ博也」
「おう」
 先ほどの触れ合いなどなかったかのように、博也は春樹に視線も向けない。
 春樹は僅かに寂しさを感じつつ、しばらく博也の背中を眺めていたがやがて目を閉じた。
 ゲーム画面をじっと見ていた博也は、背後の春樹が就寝した気配にそっと視線を向ける。
「寝たか?」
 声を掛けるが、もちろん春樹は寝ているので返事はない。
「本当は起きてんだろ春樹。寝た振りしてんじゃねえよ馬鹿」
 疑うような声ばかりを掛けるが本当に返事がないことがわかると、ゲームはそのままにそっと春樹に近づいた。
 長いまつげ。薄く開いた唇。静かに眠る春樹を見つめると、音を立てずに顔を寄せる。
 寝たままの春樹に口付けを与えて、博也は口を開いた。
 が、何かを口にしようとしては閉じ、しばらく眺めては口を開けるということを繰り返す。
 頬は赤く染まり、緊張している様子が伺える。時折深呼吸をして自分を落ち着かせようとしているが、どう見ても失敗していた。
 不思議な行動を繰り返す博也を他所に、春樹は深い眠りの中だ。
 やがて博也の口からか細い声が出る。
「.....................す......っきだ......」
 言った。言い切った。そんな達成感をまとった博也はふーっと深く息を吐く。
 それから意気揚々と物音を立てずに外に出ると、誰かに電話をかけた。
 コールが鳴り響き、しばらくすると留守電に切り替わる。それに舌打ちすると博也は一度電話を切り、再度電話をかけた。
 根気強くそれを繰り返すと、ようやく相手が出る。
『んだよぉ博也......俺、寝てんだけど』
「俺が寝てねえのに寝てんじゃねえよ信行!」
『ええ......?んな理不尽な......』
 博也の責めを受けるのは寝ぼけたような声の桜庭だった。
 迷惑そうな声も無視して、博也は興奮したようにまくし立てる。
「俺ちゃんと春樹に言ったぞ!すげえだろ!」
『ああ......うん。そうだねえ』
「......お前本当は凄いと思ってないだろ」
 桜庭のおざなりな相槌に、博也はむっと眉根を寄せた。
『だってぇ、昨日も、寝てるわんこちゃんに告白したって電話......』
「昨日より一時間も早く言えた!」
 昨日は二時半、今日は一時半には言えたと自慢する博也に、それは自慢になってないと電話の向こう側の桜庭は呆れた声を出す。
『そんなんでデート、エスコートできんのかよぉ』
「うっせえな。やれるに決まってんだろうが。水族館に行って台場で遊んで、最後はホテルだ」
『で、あっまいこと言いながら、初夜だっけ......?』
「ああ。やるからには完璧にやる。要は春樹も雰囲気があれば盛り上がるだろ!」
 前もって博也のプランを聞いていた桜庭は、はふ、と欠伸を噛み殺して、博也の宣言を聞き流した。
 関谷とのことで傷ついた春樹の心を癒す、とてもいいプランを作ったと博也は思っているようだったが、傍から見ている桜庭は不安で仕方がなかった。
 なにより普段の態度が尊大すぎて、そんなことが出来るとは到底思えない。
『なー博也ぁ』
「あん?」
『ごめんねぇ。博也を思って、俺言うよぉ。......照れてるうちは無理だって。甘いピロートークなんて絶対無理。どう考えてもそんな上手く行かねえよ。な、悪いこと言わねえから、わんこちゃんに普通に抱きたいって正直に言』
「死ね」
 自分から電話を掛けておきながら、博也はぷつっと電話を切った。
 腹立たしい気持ちで携帯を眺めていた博也だが、くしゃみを一つして部屋に戻る。
 春樹が博也用に敷いた布団と、春樹が寝ている布団を眺め、躊躇することなく春樹の布団に入り込んだ。
「ん......」
 冷たい空気をまとった博也に抱きつかれて、春樹が僅かに抗う仕草を見せる。
 博也は、そんな春樹をぎゅっと抱き締めて首筋に顔をうずめながら、すとんと眠りに落ちていった。


 翌朝、寒さで目が覚めた春樹は、付いたままのテレビと自分の布団を奪って寝ている博也に気づく。
「また、つけたまま......」
 ゲームを楽しむのはいい。だがせめて消して寝て欲しいとため息を付く。
 だが爆睡する博也のあどけない寝顔を見ると、苛立ちもあっさりなくなった。
 目覚ましをかけた時間まで、まだ少しある。
 せめて時間ギリギリまで寝かせていようと、春樹は微笑みを浮かべながら博也の寝顔を見つめた。


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