シーバス・リーガル

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 人気のない路地に、小娘のすすり泣く声が聞こえる。
 地面には男に押し倒された時に広がったままの花たち。
 戻ってきた俺は、その落ちていた花を拾った。茎が折れ曲がってしまっているが、とても可愛らしい花だ。
「ベル。この花もらうぞ」
 花が入っていたかごに金貨を数枚落とす。そして泣く娘を置いたまま俺は踵を返した。
「ジョニー......」
 路地から出る寸前で呼びかけられて足を止める。
 振り返ると、どすっと体当たりをされた。
「あたしの商売の邪魔しないで!いつもいつも花だけ買っていって......迷惑なんだよ!」
 腹に手が回されて、乳臭い小娘に抱き締められた。俺は震える肩に手を置く。成長しきってない細い肩は、ベルがまだ幼い子供だと俺に教えてくれる。
「アンタがいつも買ってくれることを、あたしは心待ちにしちゃうんだ。でも、それがいつまでも続くわけじゃないだろ!そのときにこの仕事できなくなったらどうしてくれるんだよ!」
「そんときは辞めろよ。クソガキ」
 俺はしゃがみ込んで、ベルの顔を上げさせた。ぼろぼろとあふれ出る涙を指で優しく拭う。
「もっとこう、出るところが出て引っ込むところが引っ込んだ身体になったら俺が買ってやる。まな板の癖に無理すんな」
「だって......もう、家にはお金がないんだよ......アンタあたしの家族に餓死しろって言うの?」
 泣きはらした顔で見上げるベルの頭を俺はぐしゃぐしゃの撫で回し、そっと耳打ちしてやる。
「へえ?しらねえの?お前の家に、寄付金が入ったんだってよ。おうちに帰れば今日はチキンが食える。
 寄付したのはなんと、あの悪名高い美術商のオールド・パーだ。この先10年間の寄付を誓ったって噂で持ちきりだぜ。なんでだろうなあ」
 ベルはぽかんと俺の顔を見つめた。
 喜んで良いのか複雑な感情の動きが表情から見て取れる。
 だがやがてベルは顔を伏せてしまった。わき腹に穴の開いたスーツの裾を、ぎゅっと握る。
「.........ありがとう」
 しばらくしてからぽつんと小さい声で呟いた。



 夜はまだまだ明るい。が、俺はなぜか部屋にいた。
「あーくそ、スーツまた買わねえと」
 服を脱ぎ捨てた俺はぼやきながら窓の外を眺めた。
 刺されたはずのわき腹には、もう傷一つない。着替えて外に出れば楽しいはずなのに、今日はもうそんな気にもならなかった。
 ベルを連れていった孤児院で見た、幸せそうな笑顔が脳裏に焼きついている。
 血の繋がりはないはずの彼らは、下手な家族よりも家族らしかった。
 俺は天涯孤独の身だ。この身体になってからもう親も兄弟にも会ってない。
 家族以外で今一番近しいヤツはあいつぐらいだ。
「もう、2ヵ月......か」
 あいつの屋敷を飛び出してから経った月日。今まで出てきた中では最長時間だ。
 何度も何度も姿をくらます俺に、愛想をつかしていてもおかしくない。
 とうとう自由になったんだ。俺を縛るものは何もない。
 そう思うが、喜びなんて微塵もなかった。
 俺は押し黙って部屋の明かりを消す。窓から入り込んでくる光で、部屋の中は真っ暗にはならない。
 少しばかり戸惑いながらキッチンにあったオリーブオイルの瓶を取って、部屋の隅にある安いベッドに横になった。
 目を閉じ下着をずり下げて、俺は自分のペニスを握る。
 緩く優しく上下に揺らして刺激を与えていくと、ソレは大きく反り返った。
「ふ......っ」
 大きく息を吐いて、だんだん手の動きを激しくしていく。手で作った筒を女性器に見立てて俺は腰を揺らした。
 だが、思った快感は得られない。
「く......っそ、お......」
 苛立って舌打ちをした俺は、オリーブオイルのコルクを外した。
 とろとろとしたその液体を下肢にまぶして、肌に塗りつけていく。尻の狭間を撫でると、じゅくっと前立腺が疼いた気がした。
 あいつがしてくれるみたいに、俺は指を動かす。
 快感を焦らすようにひくひく震え出した後穴にはすぐには指し込まず、もっと柔らかくなるのを待つ。
「はっ、ああ、......んん」
 前を自分で扱きながら入り口を撫でてオイルを塗りこめていく。
 足を開いて腰を突き出して弄る様はすごく浅ましい。恥ずかしいが、羞恥心は快感を高めるスパイスになる。
「う......っぐ」
 ゆっくりと俺は指を突き刺した。
 そこは熱く熟れて、入ってきた指に貪欲に絡みつく。それを引き剥がすように抜いて、追いかけてきた媚肉に深く押し込むと、腰が勝手に揺れるぐらい、イイ。
「んん、っふ、ん......ん」
 気持ちいいけれど、その分足りない部分が気になってくる。俺を抱き締める腕とか、突き上げてくる剛直の力強さとか。
 ......俺の名前を呼ぶ優しいアルトの声とか。
「っ......あ、んっ......も、来ないのかよッ......」
 たかが2ヵ月。されど2ヵ月だ。
 あいつはもう来ない。
「シィ、バス......ッ」
 一人でいたときは絶対呼ばなかったあいつの名前が、無意識に飛び出た。
 ぐっと奥歯を噛んで浮かびそうになる涙を耐える。
 性的な興奮と感情の高ぶりが折り重なって、目の前がチカチカしてきた。
 あいつにされているように焦らす癖がある俺は、絶頂をはぐらかそうと手の動きを止めて薄っすらと目を開いた。
 と。
 紫の瞳と、目が合う。
「ッ.........?!」
「あれ、やめちゃうの?」
 俺の足の間から顔を覗かせているのは、童顔の、品の良さそうな顔立ちの坊ちゃん。砂避けのマントにつばの短いカウボーイハットをかぶっている。
「お、ま......っどこから、湧いて出た?!」
「やだな。呼んでくれたじゃないか僕のこと。もちろん無視する事だって出来るけど、妻の呼び出しには反応しちゃうよね」
 俺はあんぐりと口を開けてしまった。
「この辺りは同族が多いから、ジェイの気配が追いにくくて困ったよ。人に聞いても無関心だしさー。ジェイなら絶対目立つようなことしてると思ったのに」
 言葉のはしはしから、こいつが俺を探してくれていたことがにじみ出ている。
 喜ぶな、喜ぶなと言い聞かせても、口が笑いそうで俺は顔を手で覆った。
「ねえジョニー。続きは」
 催促されて、俺は自慰の最中だったことを思い出して頬をかっと赤くした。
「ば、ばあか!しねえよ!」
「ふうん?じゃ、僕がしていい?」
 俺はシーツで下半身を隠すが、こいつはなんなく引っぺがしてくれた。
 人畜無害そうな顔で、こいつはヴァンパイアの中でもずば抜けて強い。
 抵抗しても無駄なのは良く知っている。圧し掛かられても嫌がらない俺に、シーバスは僅かに驚いたような顔をした。
「あれ?珍しく素直だね」
「......どうせ抵抗したって無理だろ。好きにしろよ」
 俺が顔を逸らしながら呟くと喉の奥で笑われた。
「待たせてごめんね。......寂しかった?」
 小さい手で顔を包まれて、視線を合わせられる。また逸らそうにも、シーバスは放してくれない。
 俺もベルと同じだ。依存することが怖くて、ずっとこいつから逃げている。
 ......どうせこいつはそんなことにも気づいてるんだろうけどな。
「っ......」
 自分で解していた穴に、ぬるぬると硬いものを押し当てられて俺は息を飲んだ。
 こいつは無駄に絶倫だ。たまに萎えろと思う。
 ぐぐぐっと、ゆっくり与えられる圧迫感。焦らされずに与えられる熱に安心感を覚える自分が気恥ずかしい。
「な、あっ............シーバス、ぁ」
「ん、なに?」
「..................チキン、食べ、ね......?」
 突き上げられながら俺が訴えると、今度は声を立てて笑われた。
「羨ましそうに見てたもんね。あの子の家族みたいに、卓上にご馳走並べて一緒に食べようか」
「っ、っ、んっ、てめ、いつ、から......見っ」
 いて。
 揺さ振られながら話していたら、舌を噛んだ。
 俺の望みを読み取ってくれるのは嬉しいが、いちいちムカつく。
「さぁて、いつからかな」
「くそ......死ね......っ!」
「僕の奥さんは口が悪いなあ。可愛いからいいけど」
 俺を可愛いとか奥さんだとか妻だとか、相変わらず悪趣味だと思うが。
 でもこいつの細い腕で抱き締められて安心している俺も、十分悪趣味だと今更ながらに気づいたのだった。


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